東京、本郷から谷中にかけては、大正年間を通じ、活躍期の大半を過ごした作家や芸術家に深い関りをもつ地として知られる。今も古い家並と深い緑の木々は、往時の風情を伝え、訪れる人の心にロマンを掻きたてる。この町は、いつ何時でも新鮮な表情を覗かせる。坂が多く、路地のような入り組んだ道がたくさんあるため、勢い見慣れない道に飛び込んでしまうと、この町全体のどこか懐かしい風景の中に、迷い込んだような錯覚を憶える。今回は、この地域においても幻想的と呼ぶにぴったりな美術館を紹介したい。文京区弥生。弥生式土器の発掘ゆかりの地としても知られるこの地に、ひっそりと佇む「弥生美術館・竹久夢二美術館」は、赤レンガのレトロな外観からして大正ロマンを髣髴させるが、内部の構造がまたユニークだ。まず正面入って入り口から1 - 3階までが弥生美術館、2階の渡り廊下を抜けると隣接する建物に移り、竹久夢二美術館となる。入り口は1つだが、内部で二棟に別れており、独立した展示を行っているのだ。さらに各階の展示が1つの部屋のように独立しているので、まるで家の中を上がらせてもらっているような親密な空間が広がる。また竹久夢二美術館では、室内が暖色系の照明で包まれており、1階では館内に流れるハープの音色を楽しみながら作品を鑑賞できるため、美術館そのものが、作品を引き立てる効果を果たしているようだ。両美術館では、合わせて3万点以上の作品・関連資料を収蔵しており、年4回開かれる企画展により作品が公開されている。弥生美術館の最上階の踊り場には、これまで開催された企画展のポスターが飾られているが、他の美術館では決して見られない、これまで美術として見過ごされてきた挿絵画家たちにスポットを当てることにより、いかに独自性の強い展示を行ってきたかを窺わせる。来館者は50 - 60歳代の主に女性の方が多いとのことだが、次に多いのが学生であるのも、興味本位で入ってみたところ、初めて触れた出版美術の魅力の虜となり、リピーターとなるのかもしれない。館内紹介には次のようにある。「先人たちの墨跡、すなわち古い人たちが日常書き記した手紙、日記あるいは覚え書等に惹かれるようになり、その中に秘められた人間を少しずつ探ることにつとめるようになりました。」ここでは作品の外面的な美しさだけではなく、人となりや心情を巧みに引き出す遺品や資料も併せて展示することで、時代背景や当時の文化、流行さえもが分かる。この美術館の最大の特徴といってもよいだろう。美術館を訪れ、本来ならば具体的に懐かしい情景ではないにもかかわらず、既視感を感じるのは、おそらくそんなところにあるのかもしれない。美術館を出て谷中へ向かうと、寺町の名残を残す路地裏の風景に出た。芸術のための芸術を描かず、今なお愛されるのは、こんな情緒ある風景を残す民衆のための芸術であったからかもしれない。学生編集委員(白金通信2003年3月号)
http://www.yayoi-yumeji-museum.jp/