土曜の午後にコンサートが開かれるグランドギャラリー、8階の無料展望スペース、建物周囲には噴水、ベンチスペース、ランドマークタワーなどとデートスポットにも事欠かないのが横浜美術館である。この美術館が他と大きく違えている点は、美術館側から積極的に市民に「働きかける」活動を行っているところにある。「市民のアトリエ」、「子どものアトリエ」と題した講座で個人から学校単位までを受け入れ、美術との出会い、創造力、観る力を育てる場としている。版画、陶芸、絵画などの講座があり、施設も版画には版画室、陶芸ならば窯のある立体室などを整えている。講師陣も毎回違う人が招かれ、同じ内容の講座が開かれていることはまずない。もう一つは個人映画の収集である。個人映画とは、私的意味、実験的意味の強い映画を指して言う。内容は様々で、自分の生い立ちについて描いたものや、その個人の視点から捉えた社会を描いたものであったりするため、誰にでもすぐに理解でき、受け入れられるという訳ではない。娯楽映画とはその意味で一線を画しているため、上映の機会が少ない反面、熱狂的な支持者も持っている。そのフィルムやビデオを定期的に低料金で上映し、企画展を観に来たついでに、個人映画に親しんでもらう場を提供している。今注目の仙頭(河瀬)直美さんの初期作品『につつまれて』や貴重な国内外の実験アニメーションも多く所蔵している。個人映画も他の機関と協力し、上映回数を増やし、内容も幅広いものとなってきている。そこにいれば何もしなくてもコミュニケーションがとれる、他者に積極的に接触していくのはあまのじやくだ、という風潮とは正反対の姿勢が現代人の多くの支持を得ている。他に働きかけることにより新たな動きを生み出していこうとする横浜美術館の取り組みは、多様性ばかりが尊重され、方向性を失いかけている我々や、この社会全体に新たな強い方向性を示していると言えないだろうか。学生編集委員(白金通信1998年6月号)
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