2000年11月

11月28日追加

 武川正吾『社会政策のなかの現代 福祉国家と福祉社会』(東京大学出版会)藤村正之『福祉国家の再編成 「分権化」と「民営化」をめぐる日本的動態』(東京大学出版会)は謹んで推薦を取り下げさせていただく。ともにその前半は80年代末に書かれた好論文を核として構成されているが、どちらも本全体として原型となったその論文を超えたものになっていない。結局どちらも「90年代とは何だったのか」がわかるような本にはなっていない。この点、エスピン=アンデルセンと比べて数段落ちる。少なくとも素人が読んだらかえって困惑をますような本になっている。

11月28日

 おくればせながらデイヴィッド・ドイッチュ『世界の究極理論は存在するか』(林一訳、朝日新聞社)を読む。これは面白い。肝心の量子力学の多世界解釈というのがよくわからないのだが、しかしそれを抜きにしても面白い。多世界解釈による量子力学、テューリング的計算理論、ドーキンズ的ダーウィニズム、ポパー的認識論、が本書の4本柱で、そのうち前2者についてはこちとら正直お手上げなのだが(後2者についても教養レベルの知識しかないが)、それでも十分に啓発的なのだ。ひょっとしてこの御仁デネットよりもきちんと「普遍的ダーウィニズム」について見通しているかもしれない。またグッドマン(そしてクリプキ?)流の哲学的懐疑への論駁の手並みもお見事。ともかく読後の快感はグレッグ・イーガン『順列都市』なんか目じゃない。 それにしても「隠れ帰納主義(隠れ還元主義)」には笑った。なお多世界解釈についての啓蒙書もものしておられる物理学者和田純夫氏によるこの書き込みなども参照。現在泥縄的に啓蒙書や教養教科書をひっくり返している。

 六本佳平『日本の法システム』(放送大学テキスト)はよい教科書かもしれない。

11月13日

 戸田山和久『論理学をつくる』(名古屋大学出版会)開巻そうそう「論理とは何かという問いに対して、あらかじめ100%納得のいく厳密な答えを出しておくことはできない。なぜならそれはまだ誰にもわかっていないのだから。むしろ、そういう問いを発することのセンスの悪さに気づいてほしい。(強調原文)」(2頁)
 太田勝造『社会科学の理論とモデル7 法律』(東京大学出版会)も、「はじめに」で「法や法実践が、神秘主義的教条性を具有することそれ自体は必ずしも社会的に望ましくないわけではない。」「法とは、それ以上根拠を問うて争うことはしない、という偉大な思考停止のシステムであり、宗教における「神」のような存在でもあるでのある。法学の神学性の必然性がここに存在する。」(vi頁)
 初っぱなからとばしている。大変に好ましい。

 末廣昭『キャッチアップ型工業化論 アジア経済の軌跡と展望』(名古屋大学出版会)はタイを焦点としたアジア経済論のテキストで、アジア経済研究所「開発スクール」での講義が元になっている。非常に包括的で野心的、大量の一次資料や著者自身のフィールドワークに基づいて高度に専門的だが、同時に教育的配慮にも富んでいる。
 ロバート・M・ソロー『成長理論(第2版)』(福岡正夫訳、岩波書店)では、かつての新古典派成長理論の老大家がローマー、ルーカスら後続世代の内生的成長理論をきちんと検討、批判している。経済成長理論の教科書に使える。

 「Jared Diamond "Guns, Germs and Steel" Further Readings を勝手に訳すぞ。」に注目されたい。

11月7日

 戸田山和久『論理学をつくる』(名古屋大学出版会)は良さそうな教科書だ。
 新井英樹『ザ・ワールド・イズ・マイン』(小学館)の陰に隠れてすっかり忘れ去られて久しかったが、『ヤングサンデー』誌上への登場時には画期的だった松永豊和『バクネヤング』(小学館)が書き下ろしを加えて「完全版」として出ている。ちょっとびっくり。
 最近正統派の社会契約論にちょっと飽きてきて、ヒュームだのヴィーコだのが気になる。
 今月は法社会学・法と経済学の鬼才太田勝造『社会科学の理論とモデル7 法律』(東京大学出版会)、今や日本民法学界の重鎮内田貴『契約の時代』(岩波書店)が楽しみである。あと原武史『大正天皇』(朝日選書)もおもしろそうだ。

 大庭健・永井均・安彦一恵『なぜ悪いことをしてはいけないのか Why be moral?』(ナカニシヤ出版)を見る限り、もう大庭−永井論争はやめた方がいい。やればやるほど両方とも馬鹿になっていくというか、永井「規範の基礎」とそれに対する大庭のコメント(永井『〈魂〉に対する態度』所収)において得られていたはずの共通了解はいったいどこへ行ったんだ。

11月3日

 転職を見越して、ご覧の通り本館を引っ越した。別館も近々移動を考える。実は最近とある無料HPサービスを試してみたのだが、ちょっと放っておいただけですぐ消されてしまった。面倒なものである。まあこちらは転職先の公式HPでよかろう。
 ついでに方針を少し転換して、「つまらない本は批評しない」という路線を止めることにした。これについては、以前福田和也『作家の値うち』(飛鳥新社)を紹介したときからずっと考えていたことである。「つまらないものを無視する」というそぶりは考えてみればひどく傲慢だし、読み手にとってもいらぬ邪推のもとである。この間そういう邪推ばかり得意なバカを見すぎたし、自分もそこに染まりかねない危険を感じた。これからは正々堂々といく。といってもやっぱり、ほんとにつまらない本についてはそもそも書く気があまり起こらないことも確かだろうから、結果的には大した違いを産まないかもしれないが。

 今週は大人げなくあちこちにクレームを付けてみました。以前デイヴィッド・ランデス『強国論』について三笠書房にメールで送ったクレームが黙殺されたので、今度は電話。まず日本経済新聞社に、アマルティア・セン『自由と経済開発』第1刷の一部から、第12章の註が抜け落ちている件につ いて。担当編集者氏からお詫びと、差し替え部分送付のお約束(後日届いた)と、この件のHP上での告知の許可をいただく。
 というわけで告知します。アマルティア・セン『自由と経済開発』(日本経済新聞社)第1刷の一部(おそらく初期出荷分)は、第12章の註の部分を欠落させています。この件については、版元にお願いすれば、完全版と取り替え、ないし註部分のみの抜き刷りを送付してもらえます。
 続いてジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』について草思社にお電話。担当氏から事情をうかがう。Further Readingsの削除は原著者Diamond氏との相談の上で、先方からの提案にしたがってとのこと。「何分大部なのでページ数を削って値段を下げたかった、ここまで好評になるとは予想していなかった」とおっしゃる。読者への事情説明が欠如していたことについてお詫びをいただく。ただし、ポール・ケネディ『大国の興亡』の時のように決定版を出すことまでは、いまの時点では約束できない、とのこと。
 もうちょっと準備してから、イアン・ハッキング『記憶を書きかえる』における文献表の大混乱について、早川書房にクレームを付けようかと思っています。三笠書房については考慮中。

 ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』(倉骨彰訳、草思社)については今更言うべきことはないが、これに先立つ『人間はどこまでチンパンジーか?』(長谷川真理子・長谷川寿一訳、新曜社)も間違いなく好著、名著であるのでぜひ読んでみられたい。進化生態学的視点からの人類進化の通史であり、『銃・病原菌・鉄』はいわばこの本の一部を拡充したものである。なおこっちは文献案内が全訳されていることはもちろん、日本の読者のために訳者の判断で更にいろいろと補足がなされている。当然のことなのだがしかし見習って欲しいものだ。
 E・L・ジョーンズ『ヨーロッパの奇跡 環境・経済・地政の比較史』(名古屋大学出版会)は『銃・病原菌・鉄』のネタ本のひとつである。『銃・病原菌・鉄』の主題が結果的に「ユーラシア・対アメリカ・アフリカ・オーストラリア」となったのに対し、こちらの主題はユーラシア内での「ヨーロッパ・対・イスラム帝国・インド帝国・中華帝国」である。『銃・病原菌・鉄』最終章における「中国の帝国システム・対・ヨーロッパの複数国家併存システム」図式のもとはここにある。

 最近アナトール・フランス『ペンギンの島』(中央公論社『新集 世界の文学 23 A・フランス ブールジェ』所収)を読んだが、小林恭二『ゼウスガーデン衰亡史』よりはずっと面白い。


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