2001年6月

6月28日

 坂野潤治『日本政治「失敗」の研究』(光芒社)から引用。

「中途半端の国民が中途半端な改革をなぜ嫌うのであろうか。ここ10年くらい、私はこの「逆説」を抱え込んで、学問的に右往左往してきた。
 しかし、よく考えてみると、これを「逆説」と決めてかかったことが、間違いのもとであった。「中途半端な改革」とは、言い換えれば「実現可能な改革」である。これに反して「急進的な改革」とは、この世で実現しない、あるいは実現されては成らない改革である。かつての日本社会党の「非武装中立論」がそうであり、森前首相の「天皇を中心とした神の国」発言がそうである。(中略)
 そうだとすれば、「常情の国民」(「中途半端好みの国民」)が寛大なのは、実現するはずのない左右の極論に対してであり、実現の可能性の高い「常情の改革」に対しては冷淡であるということになる。」14-15頁

「明治20年代の徳富蘇峰は10年前の福沢諭吉の思想から何も学ばず、大正3年の吉野作造は明治20年代の徳富の二大政党論を全く知らずに徳富を批判し、昭和33年の信夫清三郎氏は吉野作造の「民本主義」を徹頭徹尾曲解して批判した。(中略)それぞれの時点で日本の民主化につとめた人々が、自己に先行する民主主義者の努力に全く関心を払わなかったのである。彼らは「民主化」にはつとめたが「民主主義の伝統化」には全くつとめなかったのである。」38-39頁

 読むべし。

6月27日

 オルランド・パターソン『世界の奴隷制の歴史』(奥田暁子訳、明石書店)、以前訳者が『現代思想』誌の「研究手帖」欄で紹介、刊行予告して以来楽しみにしてきた大著、奴隷制研究のメルクマール、ついに邦訳。まずは訳者の労を多としたい。だが、文句もいくつかある。
 まず、注の参考文献の中にも邦訳されているものは結構ある(たとえば基本的なところで、フォーゲル&エンガマン『苦難のとき アメリカ・ニグロ奴隷制の経済学』(田口芳弘他訳、創文社)M・I・フィンレイ『西洋古代の奴隷制』(古代奴隷制研究会訳、東京大学出版会))というのに、一切チェックされていない。今日びそんなことNACSIS使えば一発だろうに。もちろん、日本人の手になる研究の紹介もなしだ。
 それから、この邦訳題名にも一考の余地がある。原題は"Slavery and Social Death"だが、本書は通史と言うよりは、二次文献中心(と言っても著者はジャマイカについては一次史料を駆使して前著"The Sociology of Slavery"をものしている本格派の歴史家だ)に世界中の史料を博捜した比較歴史社会学的作業であり、社会経済史のみならず思想史の検討にも、また経済学、政治社会学をも視野に収めた理論的分析にも多くの頁が割かれている。となれば『奴隷制の歴史社会学』か、あるいは原題を直訳した『奴隷制と社会的死』あたりのほうがよかったのではないか。

6月19日

 小林慶一郎・加藤創太『日本経済の罠 なぜ日本は長期低迷を抜け出せないのか』(日本経済新聞社)は売れているようだが、実際なかなかの好著である。金子勝氏が「セーフティーネット」というキャッチフレーズのもとで展開している議論とかなり重なり合う論点を、主流派の経済学のロジックをきちんと踏まえた上でより説得的に展開している。バブル崩壊後の不良債権の蓄積、それによる企業のバランスシートの毀損が、どうして不況を長引かせるのか、に焦点を当て、不良債権が経済主体間のネットワークをいかに破壊するか、をわかりやすく解いていくとともに、ではその不良債権を償却し、ネットワークの再生を促すにはどうすればよいか、についても具体的に政策提言していく。
 不良債権をきっちり償却してバランスシートを改善することが、構造改革論の目指す資本効率の向上と同時に、ケインズ的な意味での総需要の喚起をも可能とする、というその主張はきわめて説得力がある。難を言えば財政分析が手薄なことだ。著者たちも認めるごとく、彼らの「第三の道」戦略においても日本経済全体が再生軌道に乗るまで公的債務の悪化は続くことになるから、ここをカバーする議論がほしい。この点については、地方財政や社会保障まで視野に収めた金子氏や神野直彦氏らの方がより包括的な政策パッケージ(『財政崩壊を食い止める 債務管理型国家の構想』岩波書店、他)を提示していることになろう。
 しかしながら、政策担当者と市民の間のコミュニケーション・ギャップを憂い、公共空間の再建の必要を訴える著者たちの姿勢は大いに頼もしい。「銀行や株式公開した会社は単なる私的主体ではなく、公的な責任を負っている」という当たり前の指摘がかくも新鮮に響くとは。

 それにしてもロバート・パットナム『哲学する民主主義 伝統と改革の市民的構造』(河田潤一訳、NTT出版)といい、最近では経済を考えるときのキーワードに「信頼」がなってきている……。


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