2003年9月

9月26日

 仲正昌樹『「不自由」論 ――「何でも自己決定」の限界(ちくま新書)[bk1, amazon] 、この著者は何となく敬遠していたのだが意外な拾い物。前半などは日本語で書かれたアレント入門のベストではあるまいか。
 サル学者正高信男『ケータイを持ったサル 「人間らしさ」の崩壊(中公新書)[bk1, amazon] も意外なことに(?)同じテーマを扱っている。つまり、「人間性とは公共性のことであり、決して「自然」なものではないのだ」ということ。テーマ的には例 の澤口俊之の『化粧脳』と同じことを扱っているのだが、あれとは違って必ずしも「と」本ではない。最後に少子化対策として「お産は30歳から」キャンペー ンを提言するあたり、的を射ているではないか。

 マイケル・S‐Y・チウェ『儀式は何の役に立つか ゲーム理論の レッスン(新曜社)[bk1, amazon] はゲーム理論入門というよりcommon knowledge概念についての入門書といった方がいい。社会的な儀式の機能をcommon knowledge構築に求め、さまざまな事例を通じてその仮設を検証していく。こう見ると社会学にもゲーム理論は確実に役に立つ。なおフーコーのパノプ ティコン解釈への批判もあって面白い。
 ただし固有名詞の訳がところどころ笑える。「ドイツの理想主義」はないだろ。ドイツ観念論だろ。それから人名。ボウェルズ、ギンティス、ハルサンイ、セ ルテン、デボードってのはひどい。それぞれボールズ、ギンタス、ハーサニ、ゼルテン、ドゥボールが定訳だろうだな。訳者はハーサニとゼルテンがナッシュとノーベル 賞をとったことも知らないのかも。文献リストの邦訳チェックも穴だらけ。

9月22日

 わが師匠中西洋のライフワークの完結編『日本近代化の基礎過程 下 長崎造船所とその労資関係1855−1903年』(東 京大学出版会)が『中』から20年を経てついに刊行とのこと(で、 『上・中』は増刷かけるんですか版元さん)。1,000頁を超え値段も26,000円プラス消費税だからしゃれにならん。お値段以外ではいろいろな意味で おそらくまったく「妥協」をしていないであろう、トムソン『イングランド労働者階級 の形成』(青弓社)を超える俺様本。しかしこいつが出たら今年の日経賞鉄板と思っていた中林真幸『近代資本主義の組織』(東京大学出版会)の立場はどうなる。ってどう もならんか。ちゃんとした本だし。

 ちなみに来月の東大出版会はもうひとつしゃれにならん本を出す。木庭顕『デモクラシーの古典的基礎』、こちらは22,000円プラス税だ。奇書『政治の成立』(東京大学出版会)[bk1, amazon] の続編だが、古典期ギリシアにおける「政治の成立」に続くものして予告されていたはずの古典期ローマにおける「法の成立」が一体どんな本になるやらいまか ら怖い。

 岩井克人『会社はこれからどうなるのか』(平凡社)[bk1, amazon] をいまさら買うのはなんかしゃくなので、積ん読だった『現代経済学の潮流 2002』(東洋経済新報社)[bk1, amazon] の岩井論文「株式会社の本質」を読んで少し驚く。ただ単に法人資本主義論を繰り返しているのではなかった。ということで元ネタのひとつであるはずの樋口範雄の信託法論を仕込まねばと図書館から樋口『フィデュシャリー[信認]の時代 信託と契約(有斐閣)[ amazon] などを借りこむ。樋口・岩井によれば信託は契約とは別カテゴリーであり、木下毅・内田貴流の「関係的契約理論」ではすまないということだ。たしかにアメリ カ法ではそうなっているようだが、この発想どこまで普遍性を持つのやら……。

9月16日

 竹内洋『教養主義の没落』書評が来週月曜発売(9月30日号)の『エコノミスト』にのります。

 『人文系ヘタレ中流インテリにおくる、素人の素人による素人のための経済学入門 (仮)』を某老舗経済系出版社(ま、だいたいどこかはわかるでしょ)より刊行すべく奮闘中。今日最終稿(予定)を送るが、担当さんのゴーサ インは出るか。景気の本格回復前に出したい(「いやそれはありませんよ」と担当さん)。
 この間新旧の友人や関係者やその筋の大先生にまで図々しく草稿を送りつけてはコメントをいろいろいただく。若田部さんに小野先生ありがとうございます。 それからドラエモンとすりらんかもありがとう。(にしても世間は狭いね。)それからもちろん、ぼくをこの無謀なプロジェクトに踏み切らせる刺激をくれた小 田中くんに黒木さんに山形さんにもありがとう。っていま言うことではないな。
 この秋には、小田中直樹君の経済学史講義も勁草書房から『ライブ・経済学の歴史(仮)』として出ます。それからダイヤモンド社から出る飯田泰之『経済学思考のトレーニングブック(仮)』もぼくの本とは違う正統派の 入門書(しかも教養的)として有用です。ぼくのはうまくいって年明けでしょうか。ぜひそろえてお読みいただきたいと思います。

 わかる人にはわかるかと思いますが、この本は『リベラリズムの存在証明』へ の自己批判です。『存在証明』を書いた後、ある研究会で「ケインズ以後の政治哲学・倫理学が必要だ」と言ったのですが、自分でもそれが具体的にどのような ものになるのかよくわかりませんでした。本書は実はその手探りの一歩です。ですから、経済学入門としてと同時に政治哲学・経済倫理学の本としても読んでい ただきたいと思います。
 それからまた同時に、意外なことにこの本はぼくなりの左翼への応援歌となりました。ネグリ罵倒は引っ込めましたが、それに他意はありません。相変わらず ネグリには否定的です。要するに「ネグリや金子勝に騙されるな、そこには左翼の未来はない」という本です。ただネグリにはともかく、金子さんには恩義を感 じていますので、「金子さんそっち行っちゃだめだよ」との諫言のつもりでもあります。それから左翼カルチャーになじめない人にも「連中もそんなにわけのわ からないこと言ってるわけじゃないんだよ」というメッセージを送っているつもりです。

 で、本書がでても『地図と磁石』は終わりません。「経済学入門』をやったから次は当然 「政治学入門」です。今出てるのも そんな風に引いてるでしょ。で、まとまったら某人文系出版社から出してもらう皮算用です。それからインコミの教養論も細く長く続けて、まとまったら本にし ます。

 夭折した日本初の本格的フェミニスト法哲学者野崎綾子の遺著『正義・家族・法の構造変換 リベラル・フェミニズムの再定位(勁 草書房)[bk1, amazon] を版元よりご恵投いただく。この人のことは全然しらなんだよ。

 2ちゃんの漫画版を見ていると、時代も媒体も間違えているとしか思えない、いろいろな意味で場違いでなんとも気恥ずかしいヒロイックファンタジー緒方てい『キメラ』(集英社『スーパージャンプ』連載中)[bk1, amazon(1 巻)]とか、『ミスター味っ子』『将太の寿司』の寺沢大介が「(編集 に押し付けられた無理やり企画とおぼしき)味っ子Uなんか目じゃない」とか主人公自身に叫ばせている怪作『喰いタン』(講談社『イブニング』連載中)[bk1, amazon(1 巻)]などの愛すべき作品たちが、そこはかとなく支持されていて何となくほっとする。

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