2004年3月

3月25日

 なかなか続きがでない『地図と磁石』第2部の基本的な目標は「規範理論と実証分析を共に視野に入れつつ、一国レベルと国際関係をシームレスに展開する政治学入門」である。玄人ならなかなか手が出せないはずの、素人、と言うより半可通ならでは誇大妄想気味の構想であるので、温かい目で見守ってやってください。どうも国際政治学だけでは到底足りないようで、とりあえず国際法のにわか勉強をしている。

 あとは『経済学という教養』の姉妹編というかたちで「経済思想」っぽい本を書こうと思って、「市場」の前提としての「所有」についていろいろ考えている。で、民法の勉強も必要だなと思って、とりあえず素人らしく、受験生(司法試験よりも公認会計士とか非専門科目として法律の勉強をしなきゃいけない受験生)に人気絶大の長瀬範彦『ファーストステップ 民法』(東洋経済新報社)[bk1, amazon]を読んでいるとまあなんとやっぱり学界法曹界の外側にいる人は違うと言うかいろいろ思い切ったことを書いておられることよ。たとえば;

 法律の条文が不合理なまま放置されたり、その解釈が一般の人にとって分かりにくくて複雑であったり、また、その結果としてさまざまな学説が次から次へと提唱されることは、法律家(特に法律学者)にとっては自分たちの飯の種なのです。ですから、彼らが、一致団結して、分かりやすくて明解な条文や理論を作る方向にその能力やエネルギーを注ぐことはありません。彼らは協調することがありません(学者仲間で共同研究をすることや共著書を作ることはありますが)。互いの違いに意識を向けて争いあい、各自がより良いと信じる新しい理論を発表するために頑張っているのです。
 このような状況であっても世の中は動いていくのです。実際に起こる紛争については、条文がどのようになっていようが、裁判官がなんとか解釈して事件を無理やりに解決していきます(裁判官が条文の解釈をするときに、学者の議論を参考にします)。

 あと今年は某出版社からひさびさのサブカル本というかオタク本を出す。申し訳ないがエヴァ本ではない。あえて言えばその準備であって、また同時に『ナウシカ解読』のテーマをもう少しつきつめる作業でもある。具体的には、とある、決してメジャーではないが知る人ぞ知るという感じの(しかもあえて分類すればサブカル系ではない)、ぼくと同年輩の(つまり新人類世代と言うかオタク第一世代の)中堅漫画家さんをフィーチャーする。ということで昨日は寒いなか、担当さんと二人で某市にあるその方のスタジオにお邪魔し、4時間近くお話をする。噂どおりよい意味で普通の大変落ち着いた方で、ニューウェーブ系やサブカル系のキテル漫画家としか付き合いのなかったという担当さんは大変驚いておられた。事前にこちらがお送りした『ナウシカ解読』や決して読みやすいとはいえないエヴァ論準備稿などにも、連載を複数かかえてお忙しいなか、きちんと目を通してくださっている。また、性格的に落ち着いて篤実というだけではなく、存外と濃くないのである。この方は日本を代表するSF漫画家のひとりなのだが、話をうかがっていると決してマニアックではない。かえってぼくの方が「ぼくより詳しいですね」と言われてしまった。
 最後に、貴重な同人本(基本的にコミケととらのあなの委託販売でしか手に入らない。とらのあなの在庫は大人気ですぐ売り切れる。「ややこしい版権問題をどうにかする男気のある編集さんさえいれば喜んで商業出版します」とのこと)をいただいてサインまでもらう。いやこの歳になってのコミケ初体験というのは非常にきついので大変にありがたい。実は担当さんが『経済学という教養』をお読みになった上で最初に持ちかけてきた企画は「ヘタレ中流」をテーマに1冊、ということだったのであるが、先約をいろいろ抱えてあたふたしていた当方は、この担当さんがサブカル本のベテランであるということを知り、逆に当方からこの企画を提案したら通ってしまったのである。しかしこちらの真の動機は、レアな同人本をコミケに行かずオークションも使わずに手に入れることにこそあったのだ。ということで俺的には今回の企画はすでに成功裏に終了してしまった――というのは10%くらいは本音である。
 しかしこの漫画家さんの引き出しをうまく開ければ――そしてこちらの在庫にも今一度総点検をかければ――大塚英志のおたく史論からは欠け落ちている重要な契機、すなわちSFとオタクとの関係について、何らかのパースペクティブが獲得できるのではないか、と帰りに担当さんと「つぼ八」で確認しあったのであった。

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