「バッハとドイツ音楽」

明治学院バッハ・アカデミー芸術監督 樋口隆一(明治学院大学文学部教授)

ことしは「ドイツ年」です。正式には「2005/2006 Deutschland in Japan 日本におけるドイツ」といいます。すでにドイツから新しいツェッペリン飛行船がやってきて、日本各地を訪問しています。明治学院バッハ・アカデミーも「ドイツ年」に協賛して「バッハとドイツ音楽」というテーマを立てました。

いまでこそドイツは「音楽の国」として知られ、「ドイツ音楽」は、クラシック音楽の中で特に重要な意味を持っていますが、ドイツがその地位を獲得したのは、実はようやく19世紀になってからだった、ということは意外に知られていません。バッハが活躍していた18世紀には、ヨーロッパの音楽の中心はイタリアとフランスで、バッハは中部ドイツの地方音楽家のひとりに過ぎませんでした。ところが19世紀になると、ナポレオンの脅威への反動から、「ドイツ文化」の確立が叫ばれ、その結果、バッハは「ドイツ音楽の父」とされ、ベートーヴェンは「ドイツ音楽の巨匠」と讃えられるに至ったのです。1829年、弱冠20歳のメンデルスゾーンがベルリンのジングアカデミーで、バッハの《マタイ受難曲》を約1世紀ぶりに復活上演したのは、その象徴的なできごとでした。

第32回定期演奏会(4月19日)は、ベートーヴェンとメンデルスゾーンの室内楽です。渡邊順生(フォルテピアノ)、渡邊慶子(ヴァイオリン)ご夫妻は、明治学院バッハ・アカデミー合奏団の中心メンバーとしておなじみ。NHK交響楽団の次席チェロ奏者藤村俊介さんを加えてのチェロ・ソナタや「大公トリオ」は楽しみです。渡邊さんが演奏するフォルテピアノは、ベートーヴェンとも親しかったウィーンの製作者ナネッテ・シュトライヒャーによる名器です。

第33回定期演奏会(5月20日)は、エルデーディ弦楽四重奏団によるハイドン、シューマン、そしてアルバン・ベルクの弦楽四重奏曲をお楽しみいただきます。まさに古典派、ロマン派、そして20世紀の弦楽四重奏曲を代表する名曲揃いです。エルデーディ弦楽四重奏団のメンバーは、蒲生克郷(第1ヴァイオリン)、花崎淳生(第2ヴァイオリン)、桐山建志(ヴィオラ)、花崎薫(チェロ)のみなさん。桐山さんと花崎夫妻は、明治学院バッハ・アカデミーのメンバーとしてもおなじみ。花崎薫さんは、新日本フィルハーモニー交響楽団首席チェロ奏者としてもご活躍です。

第34回定期演奏会(11月7日)には、山下洋輔ニューヨークトリオがやってきます。2003年12月に大成功を収めた演奏会の後に、「次回はニューヨークトリオで来てくださいね」と申し上げた勝手なお願いが実現するわけです。山下さんのピアノにセシル・マクビー(ベース)、フェローン・アクラフ(パーカッション)を加えたニューヨークトリオは、現在世界最高のジャズ・コンボのひとつです。2003年は、山下さんのピアノ・ソロで、BACHのテーマによるインプロヴィゼーション(即興演奏)が最高でした。今回はコンボによる即興がどんな盛り上がりを見せるか、まさに手に汗握る思いです。

第35回定期演奏会(12月10日)と第36回定期演奏会(2006 年1月21日)では、私が指揮する明治学院バッハ・アカデミー合唱団・合奏団が、バッハの傑作《クリスマス・オラトリオ》全6部を2回に分けて上演します。バッハ自身が初演したときは全6部を、1734年12月25日から翌35年1月6日までの6回の祝日に、それぞれ1曲ずつ上演しました。今回はその精神を生かして、2回に分けての上演となりました。
2002年3月に上演した《マタイ受難曲》(初期稿)と、2003年3月上演の《ミサ曲ロ短調》のライヴCDは、それぞれ大きな反響を呼び、2004年3月に上演した《ヨハネ受難曲》(第II稿、1725年稿)も本年3月に発売が予定されています。この《クリスマス・オラトリオ》の上演も、ご期待に応えられるように周到な準備を重ねたいと思っています。

第37回定期演奏会(2006年3月25日)は、昨年12月に大好評だった「古楽器で聴くベートーヴェン」のシリーズ第2回です。ナネッテ・シュトライヒャーが1818年に製作したすばらしいフォルテピアノを弾く渡邊順生さんが今回取り上げるのは、あのヴァイオリン協奏曲ニ長調をベートーヴェン自身がピアノ協奏曲として編曲したもの。なかなか聴く機会のない作品ですが、ピアノ協奏曲としても非常に格調の高い佳品なので、いまからとても楽しみです。私が指揮するベートーヴェンの交響曲としては、第5番ハ短調「運命」を取り上げます。これこそ「バッハとドイツ音楽」を、そして「ドイツ年」を締めくくるにふさわしい名作。古楽器によるオーケストラの鮮烈にして優雅な響きをお楽しみいただけると思います。
古楽器(オリジナル楽器またはピリオド楽器)による演奏は、バッハを中心とするバロック音楽から始まりましたが、近年ヨーロッパでは、古典派やロマン派の交響曲にまで広がりをみせています。しかしわが国では、まだハイドン、モーツァルトまでにとどまっているのが現状です。明治学院バッハ・アカデミー合奏団によるシリーズ「古楽器で聴くベートーヴェン」は、わが国における先駆的な試みであると自負しています。

明治学院バッハ・アカデミー定期演奏会。2006年度も、よそではなかなか聴けないプログラムとなりました。ご来場をお待ちしています。


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