大学院

これまでに提出された修士論文題目


2015年度

江川 弘奈 "バンド・デシネから挿絵へーギュスターヴ・ドレの初期作品についてー"


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2014年度

山腰 亮介 瀧口修造、透明な「箱」
杉井 友紀 クロヴィス・トルイユの女性表象
近田 航平 行動から知覚へ-メルロ=ポンティ思想における『行動の構造』の位置-
中嶋 一裕 ブランショにおけるエクリチュール


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2013年度

五井 健太郎 「発明家の影」をめぐって
ルイ・アラゴンの神話論と発明論
島津 久美子 ミュージカルはいかに生まれるか-「壁抜け男」を通して-
小林 瑛美 室内から礼拝堂へ ― マティスにおける<野獣>と<聖性> ―
廣瀬 綾 ボヌール・デ・ダム百貨店-欲望のデパート
松本 実優 マン・レイの写真作品にみる女性身体表象―身体のオブジェ化―
和田 帆乃香 二つのほや


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2012年度

会田 久美 ベルリオーズ『トロイアの人々』-混沌の統一ー
足立 あさひ 視覚の空間生成
櫻川 知子 ラウル・セルヴェ『タクサンドリア』および『夜の蝶』における
アニメーション映画と実写映画(ライヴ・アクション)


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2011年度

堀口 麗 ニキ・ド・サンファルにおける女性像の変容 -「射撃」から「ナナ」へ-
片淵 修子
笹岡 龍馬 「『日々の泡』の構造をめぐって」
種本 朝美 ブーテ・ド・モンヴェルの絵本についての考察
永井 友梨 ジェームズ・アンソール 世紀末の異端の芸術家
前野 恵理子 ベケット作品における結末とその挫折――『ゴドーを待ちながら』を中心に――

2010年度

松浦秀一郎 『ボヌール・デ・ダム百貨店』における詩的要素について 柳田 雅世鉱物世界『箱船』考察
山形 桜子 娯楽としてのカナールに関する一考察
勝山 絵深 闇の中で生まれるもの―ルネ・シャールの詩における、「光」と「言葉」をめぐって
高橋 晶子 ハンス・ベルメールの線
西野 曜子 蒐集論―「驚異の部屋」から「デジタル・アーカイヴ」まで
堀 美佳 『ジゼル』から現代バレエへ

2009年度

小野 太郎 憎しみなく世界をみつめること―ジャン・ジュネがジャコメッティから教わったこと―
藤山 真 啓蒙のエートス -フーコと現在性―

2008年度

齋藤 弘崇 ラカンによる『ハムレット論』
兼高 千恵 ジェラール・ド・ネルヴァルにおける分身のイメージについて

2007年度

加藤 春奈 ジュール・ヴェルヌ『海底二万里』における空間の在り方
石田 諒子 ポール・デルヴォー あるいはその旅
小林 麻実 『ヒロシマ、私の恋人』人間にとって記憶とは何か?
富永 玲奈 装飾の可能性―世紀末芸術からマティスへ―

2006年度

石川 由香里 「眠り姫」の変遷
室伏 茜 詩が生まれるとき―アンリ・ミショーの詩について―

2005年度

石川 綾子 アルベール・ロビダ『二十世紀』より “二十世紀ノスタルジー”
藤田 智子 ケベック児童・青少年文学における自然の描き方

2004年度

六波羅 貴子 機械と怪物との間 ~『オ・ボヌール・デ・ダム百貨店』をめぐって
原田 景子 「自己と他者」―私写真についての考察―
三品 英子 ミロ パリ―以前・以後
渡辺 麻美 ダダの身体表現 ―大衆とダダの関係について―
五十嵐 直子 ロラン・バルトにおけるロマネスクの変遷
梶原 千夏子 マルグリット・ユルスナールの小説における彷徨とその働き
嶋田 友美 アンゲロプロスの「まなざし」
安川 孝 ブノワ・マロンと第一インターナショナル

2003年度

坂巻 まゆみ ポール・デルヴォー -女たちの帝国-
内田 麻衣子 『ナジャ』(1928)と革命
御園 滋樹 『ダランベールの夢』3部作(1769)と時空間
八木 真理子 マラルメとポオ 虚妄の栄光について
佐竹 咲美 アルチュール・ランボーのいくつかの作品について
白倉 理栄 -猫大将または長靴を履いた猫-
シャルル・ペローの1695年の手稿本と1697年の活字本の比較
宮崎 沙綾 フェルナン・クノップフ論

2002年度

木村 帆乃 堀内誠一論
高田 志保 ミシェル・レリスの時間
内藤 真未 トワイヤン序説
中村 英俊 サド的リベルタンと自然
塩谷 祐人 -亡命と帰還の間で- ミラン・クンデラに見る亡命作家のすがた

2001年度

田中 文 革命論として読む『ナジャ』
西山 詠子 アルベール・カミュ 『追放と王国』を中心に
福住 遊 ジョルジュ・ペレック論『Wあるいは子供の頃の思い出』の起源