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企業活動法の10年の歩み -企業法務の視点から-

阿部博友


 

 【はじめに】


 2010年4月に消費情報環境法学科は10周年を迎えた。本学科は、先端分野の実践的な法律を習得することを主目的として、企業活動法科目群をはじめとする3分野から構成されている。企業活動法科目群では、現在第3年次以上の学生を対象に競争法、租税法、労働法、有価証券法、金融商品取引法、国際私法、国際取引法、アメリカ法、民事執行法、グローバル企業法、金融法実務、倒産法、知的財産権法など多彩な科目を開講している。本学科は、今日までに1,000人以上の卒業生を世に送り出しているが、実践的法教育を受けた卒業生は社会から高い評価を受けている。以下に、企業組織や取引に関連する法領域を研究する企業活動法科目群に焦点をあてて、過去10年のあゆみを企業法務の視点から回顧してみよう。


1.転換期の企業活動法


 2000年4月に明治学院大学法学部に消費情報環境法学科が開設されたが、その2年前(1998年)にわが国民法典施行100周年を、更に1999年には商法典施行100周年を迎え、企業活動法の基盤である民商法は大きな節目にさしかかっていた。企業活動法にとって重要な商法典についていえば、近代的商法典が世界で最初に誕生したのは、1807年のフランス商法典であったが、わが国の商法典は1861年のドイツ商法典を模範とした。ドイツ人法学者ロエスレルが商法典草案起草に多大な貢献をした事実は有名であるが、その後時代の変遷と社会の変革と共に、多くの改正を経て今日に至っている。特に戦後のアメリカ法の影響は会社法や有価証券法を中心に多く見出される。しかし、こうした変遷にもかかわらず、常に商法は企業の組織や活動を規律する基本法として存在し、今日までのわが国経済の復興と発展を支えて来た。経済活動の主体としての企業は、グローバルな活動を展開し、複雑化した組織構造のもとで経済発展を推進してきた反面、企業不祥事は後を絶たず、企業活動法による規制のあり方を根底から見直さざるを得ない状況が現出しつつあった。これらの混乱が提起した疑問は、「会社(企業)は誰のものか」という古くて新しい根源的な問でもあったのである。過去10年間、企業活動法の領域において重要な変革がもたらされており、消費情報環境法学科は常に企業活動法の変革と共に成長を遂げて来た。

2.企業活動法の21世紀の課題


 2000年元旦午前0時にコンピュータが一斉に誤作動して、家電ばかりでなく、交通機関や発電所などの社会的インフラのコンピュータ・システム不全から大事故が各地で発生する・・・そんな2000年問題のリスクや補償等の法的検討に追われていた企業法務にとって21世紀の平穏な幕開けは安堵感に満ちたものであった。当時、世界経済は好景気のアメリカ経済が牽引する形で順風満帆の様相であり、企業はより高い収益力を求めて大型のM&A(企業買収・合併)案件に東奔西走していた。リーマン・ショックまでの企業法務は、そうしたM&A対応に明け暮れていたといっても過言ではない。しかし、その後世界経済は恐慌期に突入し、企業法務を取り巻く環境は激変した。M&A案件にかわり債権回収案件や倒産処理事件への対応に多くの労力を割く必要が生じたのである。


 一方、コンプライアンス(法令遵守)は企業法務にとって一貫して優先課題であった。上場企業による不正経理・粉飾決算問題、外国高官への贈賄問題、そして国際カルテル問題など一部の役職員による悪質且つ反社会的行為の暴走を阻止できず、旧態依然とした遵法運動=コンプライアンスという管理の枠組みでは対応が困難になっていた。そのような状況の中で、企業活動法に大きな変革をもたらした3つの出来事に焦点をあてて解説する。


(1)米国企業改革法(SOX法)の成立とJ-SOX法

 1991年に米国連邦量刑ガイドラインが、会社犯罪における量刑の決定を、コンプライアンス・マネジメントと関連付け、有効なコンプライアンス・プログラムを実施している企業については量刑を軽減する規定を設けたことを契機に、各企業はコンプライアンス(遵法運動)への取組みを開始しつつあったが、有事の際の免罪符として、功利的観点から出発した遵法運動は、経営者や各社員の意識改革までには至らなかった。2000年当時、世界経済は比較的順調であり、2001年に米国エネルギー大手のエンロンが多額の負債を抱えて倒産した時点でも、こうした不正経理の問題は「一部の腐ったリンゴ」によるものとの甘い認識が残されていた。しかし、翌年に通信大手ワールドコムが倒産すると、エンロンと同様な不正経理や粉飾などずさんな経営実態が白日のもとにさらされ人々の危機意識をあおる結果となった。同社の倒産は、リーマン・ブラザーズ社倒産以前では史上最悪の負債総額を記録し、世界の金融機関を含む多くの投資家に巨大損失を与え、米国証券市場に対する投資家の信頼は失墜しつつあったのである。米国連邦議会はこれに対処すべく比類のないスピードで、1933年証券法および1934年証券取引法制定以来の証券法制の大改革を図った。それが2002年に成立した米国連邦法たる企業改革法(通称SOX法)である。

 同法は、失墜した証券市場の信用を回復させるために、公開企業の監査の独立性を強化し、経営者の責任の厳格化と明確化をはかり、情報開示を強化するなど広範囲にわたり企業改革を図る内容であった。とりわけ上場企業は内部統制の実施と維持が義務付けられ、毎年その有効性を評価することが求められている。さらに、財務諸表を監査した独立監査人は、定められた内部統制基準に照らしながら、経営者による内部統制の評価を審査し、その結果を証明し報告しなければならない。SOX法は、公開企業に抜本的な経営改革をもたらし、独立監査人を巻き込んでの厳格な内部統制の実施により、経営の透明性を向上させた画期的な立法である。

 一方、上記の米国での出来事は、わが国にとって単なる対岸の火事ではなかった。2004年に大手鉄道会社の粉飾決算問題が契機となり同社株式は上場廃止とされたが、それ以降も国内上場企業による不正経理や粉飾決算問題が続発して証券市場に対する投資家の信用が失墜するに至り法的対応が急務となった。2003年には改正商法が施行され、委員会設置会社には内部統制システムが義務付けられ、2005年には会社法が成立、大会社について内部統制システムの基本方針策定が義務付けられた(同法は2006年から施行された)。また、2006年には金融商品取引法(証券取引法の改正法)が成立して、上場企業は財務計算に関する書類その他の情報の適正性を確保するために必要な体制について評価した報告書(内部統制報告書)の提出が義務付けられた。この内部統制報告書には、公認会計士又は監査法人の監査証明を受けなければならないことになった。更に、2010年2月には千葉法相は、法制審議会に会社法制の見直しを諮問している。かねてより、上場会社におけるコーポレートガバナンス(企業統治)の健全性確保などを目的としたいわゆる「公開会社法制」の必要性が主張されており、これに関連した審議が進められている。


 上記の日本における一連の企業改革法は、特に2006年の金融商品取引法による内部統制報告書提出の義務規定を中心として、米国SOX法と対比され、その類似性に着目してJ-SOX法と称される。この潮流は、不正経理や粉飾といった企業不正を法的に抑止し、証券市場に対する投資家の信頼を確保する意味でも、財務諸表の公正さを保証するために内部統制を一定の枠組みで強化するものであるが、同時に企業の社会における経営のあり方を考え直し、企業の社会的責任を強く意識した経営への転換を推進する経緯ともなった。企業法務は、complianceという社会的に最低限かつ当然の目標設定から脱却して、社会貢献を意識したintegrityという意識改革目標を経営陣とともに取り組み始めた。integrityとは、誠実であるばかりでなく強固な倫理原則を維持することを目標とする。企業は、収益の極大化を最優先目標とする定量目標から、社会的責任を遂行しようという定性目標に大きく舵を切り始めたのである。このような観点から企業改革法が国際社会に与えた影響は多大であった。


(2) OECD外国公務員贈賄禁止条約と米国海外腐敗行為防止法(FCPA)による規制強化


 1970年代におきたロッキード事件は、企業による外国公務員への贈賄を禁止する米国連邦法(FCPA)の成立につながった。しかし、米国企業のみがこのような法律を遵守しても、外国企業の多くが依然として腐敗行為を行っていたとみられ、問題の根本的解決にはつながらなかった。そこで米国政府の働きかけもあり、先進国で構成される経済協力開発機構(OECD)は1998年に外国公務員への贈賄禁止条約を成立させ、本条約は翌年(1999年)から発効した。わが国も条約発効と同時に不正競争防止法の改正を通じて外国公務委員への贈賄禁止規定を立法し、違反行為には刑事罰をもって対処することとした。2007年には南アフリカが本条約の37番目の加盟国になるなど締結国の数も拡大しつつある。しかし、条約発効から10年以上経過した現時点でも、海外における腐敗行為の実効的取締は困難な課題であり、各国贈賄禁止法の執行状況のモニターを継続しているOECDは、日本での不正競争防止法の執行状況が必ずしも実効性の高いとはいえないとの懸念を明らかにしている。


 この問題について実効的な取り組みとして注目されるのが、先に述べた米国FCPAであり、本法は、贈賄禁止条項と会計処理条項の2つから構成されている。会計処理条項はさらに、上場会社について資産の処分や取引を詳細かつ正確に反映する帳簿、記録、勘定を作成し保存することを定める記録保持義務条項と、上場会社に対してその本体企業のみならずそれが過半数以上の支配権を有する子会社なども含めて内部統制システムを設置し維持するする義務を定める内部統制条項の二つの重要な義務を定めている。特に、会計処理条項に基づく上場会社の義務は広範であり、かりに腐敗行為と関係のない行為であっても、経理内容に不正があれば罰則が適用され、また子会社等の内部統制に不備があれば罰則の適用を受ける。事実、腐敗行為については不正会計処理がかならず存在するといわれており、仮に米国執行当局にとって贈賄禁止条項での立件が困難な場合であっても、会計処理条項に基づく執行を可能としている。こうした取り組みは大きな効果をあげつつあり、2008年末には著名なドイツ企業が本法に関連する当局との和解で巨額の罰金を支払った事実が新聞報道されている他、日本企業も別の事件で日本人役職者が米国出張の際に逮捕され刑事責任を追及されつつある。


 一方、必ずしも法的枠組みとはいえないが、グローバル企業の行動規範という観点からは、OECDが定めた多国籍企業行動指針は、1976年に初めて採択されたものであるが、2000年の改訂では、国際的な企業の社会的責任が求められることになり、汚職行為の防止規定が新たに設けられた。また、国連グローバル・コンパクトは1999年に、当時の国連事務総長が企業に対して提唱したイニシアチブであり、企業に対し、人権・労働・環境・腐敗防止に関する10原則を順守し実践するよう要請している。2004年には、腐敗防止に関する項目が追加された。上記の何れも法的強制力をもつ法規範ではないが、グローバル企業がその社会的使命を意識し、国際社会に貢献しつつ活動を継続するために遵守すべき課題が列挙されており、多くの国際企業がこれらを自主的に採択し遵守することによって、国際社会に対する責任を果たす姿勢を打ち出している事実は注目される。


 現代における世界経済の課題は貧困の撲滅である。腐敗行為は、途上国に対する先進国からの経済支援などを骨抜きにするばかりでなく、高い税金やユーティリティー料金の負担を大衆に押しつける結果を招く卑劣な行為である。もちろん途上国側の汚職取り締まり強化による自浄作用も重要であるが、グローバル企業はこの犯罪行為に加担することがあってはならない。今後は、更にOECDのみの取り組みにとどまらず、新興国も含めた世界規模での腐敗防止と貧困撲滅に取り組む必要がある。この点、企業活動法が如何なる対応を図れるのか、今後の検討課題といえる。


(3)世界的な競争法の執行強化と中国競争法の制定・施行


 市場における公正な競争を維持することは資本主義社会の健全な発展にとって不可欠の要素である。現在世界100ヶ国以上で競争に関する法が制定されているが、歴史的には米国で1890年にシャーマン法が成立する以前、英国のエリザベス1世の時代にまで起原は遡るといわれている。そのような資本主義社会において歴史的沿革のある競争法であるが、たとえば米国反トラスト法の執行は1980年代頃から徐々に強化され、ビタミン・カルテル事件を代表例として1990年代にピークに達した。一方、2000年以降強力に競争法の執行を遂行しているのが欧州連合(EU)である。例えば、2009年にEU競争法の執行を担当する欧州委員会は、半導体最大手の米インテルが、半導体市場で主要な競合企業を排除し、EU競争法に違反したとして、独占禁止法違反としては過去最高の10億6000万ユーロ(約1400億円)の巨額制裁金支払いを命じた。当該制裁金は、委員会がマイクロソフトに対して、製品のバンドル(抱き合わせ販売)を図ったことを理由として課した4億9700万ユーロの制裁金を上回る金額である。また、日系企業がEU競争法違反で高額な制裁金を課された事例も少なくない。


 一方、競争法の領域で特に注目されるのは中華人民共和国において2007年8月1日に競争法が制定された事実であり、これは経済体制の相違にかかわらず市場があるところ競争法による私的独占の禁止と公正な競争促進の法的フレームワークが必要とされることの証左でもある。中国競争法は、EU競争法をモデルにしたといわれ、①カルテル等違法な競争制限行為の規制、②優越的地位の濫用禁止および③合併や株式取得などによる企業結合の際の事前審査規定の三本の主要な要素で構成されている。この③については、中国のみならず世界各国の競争法がそれぞれに届出義務や審査基準を制定しており、多くの国で影響基準(つまり本国内の企業結合でなく第三国企業間の結合であっても影響基準に合致すれば本国での届出を義務付けるもの)を採用している。そのような規制に気がつかなかったり、審査にかかる時間が長くまたコストが高額で負担となることなどから、企業法務にとっては頭痛の種となりつつある。


 このように資本主義経済における自由競争を保障し、企業がより公正で自由な競争を通じて消費者により競争的な価格と質の商品やサービスが提供される法的枠組みはますます重要性を増しており、企業法務はこうした法的命題を正しく理解し企業経営を健全な方向に導いてゆく使命を担っている。わが国においても2010年1月から改正独禁法が施行されたように、自由で公正な競争を確保する為の法的枠組みは益々強化され、その執行も強化されつつある。これらの規定に違反することは消費者の利益に背く反社会的行為であり、法制度の進化に適応した企業内の内部統制体制の構築と実施が益々重要になりつつある。


【おわりに】


 半世紀以上にわたって商法を研究された故服部榮三先生は、1999年の商法施行100周年に際して、商法を研究する楽しみとして、「近代資本主義の本質を理解し得る」ことや、「近代的取引活動の主体である企業の在り方を認識し得る」ことなどをあげておられる。企業活動法の研究は、商法を基礎としつつも外国法の比較研究なども含め周辺分野は広範である。しかし、上記の想いは企業活動法を学ぶ者が例外なく共感し得るものであろう。過去10年の間に世界を取り巻く環境は大きく変容し、従来の法的枠組みでは対処できない現代的課題が出現している。しかし、我々はより良い社会の実現を願い、企業活動法を発展させつつ、一歩一歩地道に問題の解決をはかって来た。本学の消費情報環境法学科に学ぶ学生諸君には、現代社会の矛盾や問題点に目を見開き、それに企業活動法がどのような可能性をもって対処し得るのか共に考え議論することを期待している。そのような実践が次世代を担う学生諸君にとって、将来の指針を得る上で貴重な経験になるであろう。