卒業論文は山登り?
2024.01.30
卒業論文は山登り?
「先生、卒業論文、提出できました!」この報告を受けるとほっとして肩の荷が下りる。フランス文学科では卒業論文を書かないと卒業できないから、4年生にとって論文執筆が最後の試練となる。文字数は12,000字以上、テーマはフランス語圏の文学、思想、言語、絵画、映画、歴史、社会に関わるものであれば何でも良い。卒業論文は大学教育の集大成、論文提出後には口頭試問も待ち受けている、いわば最後の大きな山である。ところが学生たちが登りたがる山がそれぞれ違うだけではなく、山登りの方法も千差万別で、その指導には毎年苦慮する。
こうなると論文指導も臨機応変に変えないといけない。型にはめすぎても面白いものが出てこないし、自由にやらせ過ぎると結果が恐ろしいことになる。ただ、学生たちがどんな山を選ぶにしても、それぞれ頂上を目指していることにかわりはない。その間、たくさんの事に気がついて苦労をすることになる。大抵の学生は「何をどのように書けば良いのだろうか?」という壁に最初にぶつかる。迷いに迷って目的地が決まっても、今度はどうやって山登りをしたら良いかわからない。言葉が言うことをきかないのだ。日常的に使っている日本語が、外国語のように難しく思えてくる。フランス語でさえも難しいのに、日本語もわからなくなる。山登りどころか言葉の森の中で皆、一度は必ず迷子になる。そして教員は、静観したり、コンパスを与えたり、非常食(おいしいワインだったりもする)を提供したり、一緒に歩いてみたり、緊急事態にはヘリコプターで救出したりもする。
正直に言おう。卒業論文を必修にする意義に疑問を抱くことはある。それでも、大学を卒業する前に、一度は山登りをして迷子になるのも悪くないのではないか。そういう体験をすることに大学教育の意義があると思っている。だから学生たちが見せてくれた風景を思い出しながら、春になると毎年山登りの準備をしている。今度はどこに連れて行ってくれるのか、楽しみだ。