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コラム

現代を斬る | 資産形成と行動経済学

今年の一月からiDeCo(イデコ、個人型確定拠出年金の愛称)の加入対象が大幅に拡大された。これから始める資産形成手段として、これほど有利な制度はない。資産形成のチャンスが広がった。自己責任で金融商品を選んで掛け金を積み立てていくが、掛け金は全額所得控除される上に、運用期間中と受給時にも税制優遇が受けられる。また、少しでも早く加入して運用期間を長くした方が、複利効果でより多くの運用益を得られる可能性が高くなる。未加入ならば、すぐに資料請求して手続きを始めるべきだ(企業型確定拠出年金加入者は加入できない場合がある。本学教職員は加入可能。)。

しかし、多くの人がきっと資料請求しないだろう。資料請求をしても、ついついダラダラして、書類返送は数ヶ月先になるだろう。iDeCoは最善の資産形成手段だが、多くの人が結局加入せず、将来の運用益を失うだろう。これは、行動経済学が想定する人間の典型的な失敗である。

現在バイアスによる失敗と対処法

行動経済学は、非合理的な人間の判断ミスを分析する分野である。特に、偶然のミスではなく、パターンがある判断ミス(バイアスという)を分析対象にしている。例えば、ダイエットや禁煙など、目標達成に努力や我慢が必要な時に「今日までは大丈夫、明日から始めよう」と思ったことはないだろうか。明日になっても明後日になっても「今日までは大丈夫」と思い、先延ばしの無限ループに突入したことはないだろうか。このパターンのように、その時々の現在を過度に重視する失敗を現在バイアスという。現在バイアスを持つ人は、現在の自分と将来の自分を同一視できない。将来の自分は他人なので、他人のために現在の自分は我慢できないのだ。結局、目標達成は失敗する。

現在バイアスによる失敗回避の第一歩は、自覚することだ。現在バイアスを自覚することで、つい先延ばししそうな時にちょっとだけ我慢できる。ちょっとだけ、将来の自分のための行動を選択できる。この「ちょっとだけ」の効果が大きい。もしもiDeCoの資料請求が面倒で今後やろうと考えているならば、それも現在バイアスだ。ちょっとだけ我慢して、将来の自分のために早速資料請求をしてみよう。先延ばしで将来の運用益を失う失敗を回避して、資産形成の第一歩を踏み出せるだろう。

低い手数料がiDeCo運用のポイント

最後に、iDeCo運用のポイントを簡単に。運用の複利効果を最大限引き出すコツは、低い手数料でなるべく元本(掛け金)を減らさないことだ。口座管理手数料が低い金融機関を選び、運用手数料(信託報酬)が低い投資信託(インデックス・ファンド、パッシブ・ファンド)を選ぼう。具体的な金融商品の選び方は、筆者が概ね賛同する次の二冊に任せる(山崎元・水瀬ケンイチ「ほったらかし投資術」朝日新書、チャールズ・エリス「敗者のゲーム」日本経済新聞出版社)。資産形成の基本が学べる。本稿が現在バイアスによる失敗回避のきっかけになり、資産形成の第一歩を踏み出す一助になれば望外の喜びである。

白金通信2017年4月号(No.489) 掲載

中村友哉 Nakamura Tomoya

明治学院大学経済学部准教授。専門は情報の経済学、金融経済学。
特に「不確実性下の戦略的状況における高次の予想」を主要研究テーマとしている。
経済学科では企業と組織の経済学、金融システム論、情報の経済学などを担当。