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難民や紛争地帯で生きる、弱い立場にいる人の力になりたい

2024.05.09

2023年6月に赤十字国際委員会(ICRC)で11年ぶりとなる日本人の駐日代表に就任した榛澤祥子さん。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)や外務省、国境なき医師団など世界各地で働き、一貫して人道支援分野で活動をしています。その土台には、明治学院大学の教育理念“Do for Others(他者への貢献)”があると言います。武力紛争などの状況下にいる人々を支援・保護するICRCでの仕事の内容や、明学への思いを語っていただきました。

榛澤 祥子 赤十字国際委員会(ICRC) 駐日代表
1996年 国際学部 国際学科卒
明治学院大学卒業後、アメリカ・コロンビア大学大学院修了。UNHCRでクロアチアやアフガニスタンの難民支援に当たる。結婚・出産・育児を経て、夫の仕事に伴って訪れたミャンマーで日本大使館に勤務。UNHCR駐日事務所、在イスラエル日本国大使館ラマッラ駐在官事務所、国境なき医師団などを経て、2019年にICRCに入りし、2023年より現職。

明学での学びと留学が国際関係への意識を生んだ

私は国際学部で学び、コロンビア大学の大学院を卒業後、外務省のJPO派遣制度(各国政府の費用負担を条件に国際機関が若手人材を受け入れる制度)を活用してUNHCRに勤務しました。結婚後、子育て中の一時期は仕事を離れたのですが、復帰してUNHCR、外務省、国境なき医師団などに勤務し、2019年からICRCで働いています。

私は、母が英語の講師をしていた影響もあって、高校2年の時にアメリカに留学を経験しました。当時はメールもインターネットもなかったので、ほぼ1年間、英語のみの生活です。大変なこともあったものの、日本とは違う環境の中で、自分は異なる文化や人に興味があると気づきました。留学から戻り国際関係について学びたいと考えた時には、もう明治学院大学の国際学部に行こうと決めていました。カリキュラムに加え、明学の先生方の人柄に惹かれたことが大きな理由です。

実際、入学して素晴らしい先生たちに教えていただきました。比類なきアフリカ愛の勝俣 誠先生、ゼミは2022年に他界された武者小路公秀先生で、卒業後も頼らせていただきました。阿部浩己先生も本当に尊敬する先生です。今も覚えているのは国際法の授業です。当時、国際法の講義を受け法律を好きになったことが、法律の基盤があって活動している組織に興味を持つきっかけになりました。UNHCRは難民法、ICRCは国際人道法を成すジュネーブ諸条約がその基盤となっているのです。

戦場で「苦しむ人を敵味方の区別なく救護する」ために採択されたジュネーブ条約集を手にする榛澤さん。

明学の先生方は、今、思い返しても、学生の興味を引き出すための講義をしてくださっていたと感じます。「疑問があればいつでも研究室を訪ねておいで」という雰囲気があって、一学生の話にも真摯に耳を傾けてくださいますし、自主性を重んじながら私たちが始めたことをさりげなくサポートしてくださる。研究者として専門の分野を突き詰めるだけでなく、学生を思い、学生にも愛されていらっしゃる。私はそのことをすごく誇りに思っていますし、校風として変わらずにいてほしいと願っています。

大学時代の私は、授業も、英語サークルも、学生生活も満喫。苦労といえば自宅からの通学時間が長いことぐらいでした(笑)。しかし、そんな穏やかな学生生活を送っていると、ある時、親から「もう一度、海外に出てみたら?」と言われたのです。おそらく高校の留学で娘が大きく変わったことを目の当たりにしていたから、もう1回海外へ行ってみたらどうなるのだろうと思ったのでしょう。

ポンと背中を押されて、3年次に明学の留学プログラムを活用してカリフォルニア大学のバークレー校に行きました。バークレーで平和紛争学を学んだことが、いずれ国連で働きたいと具体的に考えるきっかけになりました。大学卒業後の進路にコロンビア大学の大学院を選んだのも、JPO派遣制度を活用してUNHCRに行きたい思いがあったからです。

当時、私の背中を押してくれた親に感謝するとともに、海外で貴重な経験ができたことを、これから学ばれる方や今学んでいる学生の皆さんにも知ってほしい。海外に出るチャンスがあれば、ぜひ若いうちにチャレンジしてみてほしいです。明学はその機会や体制も用意してくれています。別の世界や異文化に触れて得るものは何物にも代えがたく、ときには人生を変える力になります。

そして、何か行動を起こす前に「こんなことできないかもしれない」とか、「こうなるに決まっているからやらないほうがいい」とか決めつけずに、どうしたらそのハードルを乗り越えられるかを考えるように心掛けてほしいです。将来、仕事と子育ての両立に悩む時も来るかもしれません。私自身、子育ての一時期は仕事を離れ、その後復帰しました。一度仕事を辞めてしまったら、もう戻れないと決めつけてしまわず、思いがあって行動すればきっと道はあることを知ってほしいです。

ICRCの存在意義を再確認したエチオピアでの出来事

今、私が働くICRCは、「紛争の犠牲となっている人々に寄り添い、人間の尊厳と生活を守る」という理念のもと、世界の紛争地帯で、戦闘の犠牲となっている人々を支援・保護しています。

2023年の1、2月にはウクライナへ、3、4月はエチオピアへ行きました。エチオピアは2020年11月に北部ティグレ州を中心に勃発したティグレ紛争がようやく終結し、これから復興しようとしている地域です。かつての紛争地帯にある一次医療施設を複数訪れましたが、その多くが窓ガラスは割れ、屋根はなく、壁は銃弾の穴だらけ。ティグレで見た光景はかつてないほどの衝撃でした。

2023年、榛澤さんはウクライナ東部ハルキウ州を訪問。現地スタッフとともに、食料と衛生用品の配付などを行った。©ICRC

跡形もなくなったかつての医療施設で、地域の代表者と今後について対話をし終えた帰路でのことです。大群衆が道をふさいでいました。状況が分からず危険を感じうるほどだったのですが、それでも車を降りて聞いてみると、「ICRCと話がしたい、ICRCなら話を聞いてくれるはずだ」と集まった人たちだったのです。「学校もない、医療施設もない、世界から忘れ去られてしまっている現状がここにある」と、若い人からお年寄りまでが集まって、涙ながらに訴えてきました。

現場に行って、耳を傾け、誠意のある対応をしていくことで、信頼関係が生まれる。それをICRCは160年以上続けています。組織としての信念と強さ、存在意義を、身をもって感じた出来事でした。

赤十字ファミリーに多くの卒業生がいる心強さ

私は2023年6月に駐日代表に就任しました。駐日代表部は、ジュネーブで決まる戦略を具現化していくことが仕事です。支援や予算が限られる中でどのように活動をしていくか、外務省、防衛省、自衛隊など関係省庁の方々との連携を大事にし、メディアで取り上げられない人道危機にも、光を当てていきたいです。

もう一つ、私が力を入れていきたいと思っているのが、日本赤十字社との関係です。日本赤十字社は明学の卒業生が多く、「私も明学です」とお伝えすることがたびたび。大変心強く、良いつながりを持てています。 赤十字運動には、3つの組織があります。主に自国内の災害時の救援活動や保健・医療・社会福祉の分野で活動を展開している各国赤十字社や赤新月社。紛争地帯で活動する私たちICRC、赤十字国際委員会。そして国際赤十字・赤新月社連盟は、各国赤十字・赤新月社をまとめて調整する役割を担っています。この3つはいわば赤十字ファミリー。ですから、日本で活動している日本赤十字社と私たちICRCがいい形で連携し、相乗効果が生まれるような活動に取り組んでいきたいと考えています。

人道支援組織で働いていますと言うと、特別なことのように思われがちですが、普段、皆さんがしていることの延長線上にあるものです。例えば、目の前で人が転んだら、きっと助け起こそうと自然と体が動くのではないでしょうか。その助ける相手が世界になるのが、私たちがしている人道支援なのだと思います。

明学の理念Do for Othersが自分の土台に

難民や紛争地帯の人など、厳しい立場、弱い立場に置かれてしまう人たちの支えになりたいという思いで仕事をしてきました。その土台には、間違いなく明学の教育理念 “Do for Others(他者への貢献)”があると思っています。

そして、掲げられている5つの教育目標、

  1. 他者を理解する力を身につける。
  2. 分析力と構想力を身につける。
  3. コミュニケーション力を身につける。
  4. キャリアをデザインする力を身につける。
  5. 共生社会の担い手となる力を身につける
――は、いずれも基本になる人間力につながるものだと思います。

どんな職業に就くかにかかわらず、企業に入って周囲と仕事をしていく時も、紛争地帯で現地の方の話を聞き取る時も、他者を理解し、何ができるかを考え行動する人間力が問われる。皆さん、お忙しいのでなかなか意識する時間がないと思うのですが、Do for Othersや基本の5つの教育目標を意識していただけたら、きっと一生の力になるはずです。

そして、メディアにあまり取り上げられることがなくても、世界の各地には厳しい状況にある人がいることを忘れないでください。それはICRCの願いであり、紛争地帯で生きる人の願いでもあると思います。

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