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2017年度エッセイ

白金通信「カウンセリング」およびポートヘボンお知らせより


「「型」としての就職活動」

  
 Q.周りの友人たちは就職活動に取り組んでいるのに、私は4年生になっても就活への意欲がなかなか出ません。何か気持ちにブレーキがかかってしまっている感じです。(架空相談)
                 
A.就職活動に取り組めないという皆さんの訴えの中で多いのは、就きたいと思う具体的な業界、企業のイメージが浮かばないというものです。と言いつつ、実は一方で人気業界、有名企業に入りたいという漠然と理想化されたイメージにこだわっているということがあるように思います。
  理想と否定感の板挟み ところがそこで今度は、大学生活を振り返ってみると、自分にはアピールできることが何もない、と自信のなさが頭を もたげてきたりします。あるいは自分のやりたいことを仕事にできている人はほんの一握りで、仕事というのはガマンばかりでつらいものという、働くことへの否定的な認知があったりもします。本来ならば就職という現実と向き合いたいところなのに、就職に対する理想と否定感の板挟みで動けなくなっいるという構図がそこにはあります。
  「型」にはまると「形」になる ここを抜け出すには、ひとまず就活という「型」に自ら自分をはめ込むというやり方があります。自分は型にはめられたくない、やらされ感のある就活はしたくない、理想を追い求めたい、といろいろと抵抗を感じるかもしれません。しかし「型」のないところでいくら考えても掴みどころがなく、「形無し」になってしまいます。「型破り」はイノベーションにつながりますが、「形無し」のままでは何かを生み出すことはできません。まずは「型」の中身を置いてみることができないと、気持ちも考えも「形」を帯びてきませんし、行動までになかなか至らないでしょう。ゆえに、履歴書を購入してとにかく記入する、毎日就活サイトをチェックする、会社説明会に参加する、少しでも関心ががあればエントリーする、などできるだけ具体的な就活の「型」にまってみることをお勧めします。「どんな企業に就職したいのか」、「自分は何をアピールできるのか」といった漠然とした不安はなかなか拭えないと思いますが、こうしたことは「型」の動きの中で徐々に定まってくる場合も多いのです。  
   そして、もしそこでなかなか思うようにいかないということが起きてきたら、そのときに今度は自分には何が足りないのか、本当はどうしたいのかいったことを考えるとよいと思います。
(「白金通信」4月号より転載)



「人間関係の調整」

  
 春学期も6月の下旬になりました。特に1年生の皆さんは、大学の雰囲気や仕組みにも慣れてきて、授業や課外活動も軌道に乗りつつある時期を迎えられているのではないかと思います。

ただ、皆さんのなかには「ちょっと違うな」と感じている人もいるかもしれません。この違和感には様々なものがあると思いますが、その可能性の一つを今回は取り上げてみましょう。

入学直後の時期はひとまず近くにいたもの同士でつながって、様々なイベントを通じて知り合った人たちと一緒に過ごすことが多いのではないかと思います。それは色々な情報を得るためにもとても大事なことですし、さしあたり近くにいる人と関係をつくることは新しい環境での人間関係の形成のしかたとしてはごく自然なことです。このようにして知り合った人たちと、時間が経つにつれさらに関係が深まり、親密になっていく場合ももちろんあります。しかし、一定の期間がたってみると、自分と考え方や価値観が違う、あるいはなんとなくノリが違うように感じてくることもあるかもしれません。最初は、自分の比較的表層的な部分を用いてとりあえず行動をともにしていたのが、だんだんとお互いの中心的な部分を出しはじめたり、気づいたりしているということではないでしょうか。こう考えると、違和感を抱くこの時期は、いったん出来上がった人間関係の調整段階といえるのかもしれません。人間関係の距離感を微妙に調整し、自分にとって適度なかかわりにすることで維持したり、あるいは、もっと自分にとって居心地の良い場を探して移動することが必要になってきているのではないでしょうか。いったん出来上がった人間関係がなにも変化せずに続いて行くのも不自然といえば不自然なことですから、変化が生じること自体は当然です。とはいってもいったん出来あがった人間関係を自分から変えるというのも案外むずかしいことで、違和感を感じつつもなかなか変えられずにいる方もいるのではないでしょうか。しかし、人間関係を自分にとって無理のないかたちに自分から調整することは、主体的に社会生活を送るうえで今後もとても大切なスキルになるはずです。

大学生活の数年間は様々なことに試行錯誤的に取り組むにはとてもよい時間だと思います。人間関係で感じる「違和感」はよりよい解決に向けてのエネルギーにもなり得ます。いきなり解決とはいかないかもしれませんが、自分なりに調整を試みても良いのではないでしょうか。

(ポートヘボン「お知らせ」(2017/6月)より転載)



「就活で自信をなくしたら」

  
 Q.皆と同じように就活をしているのですが結果がでません。面接をいくつか受けているうちに自信もなくなり、不安や焦りも感じます。どうしたらいいでしょうか。(架空相談)

A.就職活動は大学受験のような課題とは大きく異なっています。偏差値のような目安となる指標はありませんし、採否いずれにしても理由が得点化されて示されるわけでもありません。つまり一般的な正解というものがなく、努力をしたことが目に見える形で実を結ぶという性質の課題ではありません。このような状況で結果がでないと、自分そのものが否定されたように感じ、自信と意欲の喪失につながってしまうことがあります。

蓄積するストレスに注意
就職活動も長期化してくると、応募のたびに結果が出ないことや、圧迫面接の経験が積み重なっていくことになります。一つ一つの経験自体は、乗り越えられないというレベルのストレスではなくても、度重なると大きな精神的ダメージを受けることがあります。「これくらいのことは頑張らないと」と思っているうちに、だんだんと自信がなくなり、不眠や体の緊張、不安や焦燥感といった症状が出てくることがあります。さらに進行すると自分の感情や感覚に鈍感になって、無力感に陥り、引きこもりに近い状態になることもあるといわれています。 もしこのようなことが起こったら、早めに学生相談センターなどの相談機関を利用したほうがいいでしょう。自信を喪失すると自己否定感が強まって次の行動に着手しずらくなり、ますます自信がなくなるという悪循環に入りやすくなります。もちろん現実的・具体的に自分のやり方を顧みて改めることは必要ですが、面接の結果を、自分が劣っているという考えにただちに結び付けないことが大切です。

情報の整理と目的の再確認
就職活動で精神的につらくなっていくことの背景の一つに、情報の氾濫が指摘されることがあります。なかには矛盾するような情報もあり、そのような情報に振り回されてしまうと自分を見失うことになりかねません。 また、就職という節目を通過するにあたって、周りの人たちの自分に対する期待や要求などの気持ちに敏感になりすぎると、頑張って就活してきたけど、自分はいったい何をやりたかったのだろうか、と振り出しに戻るような感覚になることもあるようです。 情報に巻き込まれずに距離を取り、情報を取捨選択することや、就職という課題について自分は本来どうしたいのか、ということを一人で考えるのは案外難しいことです。キャリアセンターでアドバイスを求めたり、学生相談センターでカウンセリングを通じて考えてみてはいかがでしょうか。
(「白金通信」6月号より転載)



「身体からの声を聞いてみよう」

  
   いよいよ秋学期が始まりました。ゆっくりマイペースでいられた夏休みに名残惜しさを感じるのは私だけではないはずです。さあ、また始動しなければ。でも…。
 この時期、何だかだるい、倦怠感が出てきて何もやる気が起きない、やらなければならないことに取りかかれない、ちょっと何かを始めても気持ちが乗らず以前のように続かない、そう感じている人が毎年この9~10月の連休ごろになるといらっしゃいます。うつなのか?ただやる気が出ないだけのようにも感じる…。ちょっと様子を見ようか…。と思ううちに何だか学校にちょっと行きづらくなり、休みが続きだすとさらに行きにくくなる…。
 またはちょっと無理して周りに合わせてみるものの、そうすると自分の身体がちょっとした反逆をし始める。食事がおいしく感じられなくなって体重が落ちていたり、眠りが浅くなったり、逆にいくら寝ても寝ても疲れが取れず睡眠不足のように感じたり。時には頭が痛い、気持ちが悪い、などの「身体のどこかがうまくいかない症状」に悩むことになる方もいらっしゃいます。  そんな時、まずは「身体からの声」にじいっと耳を澄ましてみましょう。たしかに昨日寝不足だったために頭が痛いのかもしれませんが、それだけでしょうか。頭痛薬で解決しないなら、その頭の痛さを単に睡眠不足という理解だけにとどめず、もう少し見つめてみると、何か見えてこないでしょうか。それは眠れなくなるほど気になっていた何かの悩み事の結果による頭痛なのかもしれません。まさに「頭が痛い」問題によって頭を抱えた状態なのかもしれません。自分では当面はどうにもならないからと、心の棚に放り込んでおいた何かの悩み事が、収まりきらずにあふれ出てきているのかもしれません。その場合には、その何かをちょっと取り出して目の前に据えて眺めてみることが、「身体のどこかがうまくいかない症状」への最短の対策であるかもしれないのです。それを回避することでうやむやにしてその場をやり過ごせるうちはそれでもよいのでしょう。しかし、そうは行かないときには、真っ向勝負に出て向き合うことが解決になることもあります。
 またちょっと気弱になっている時に、充実した夏休みを終えた友達の話を聞いたり、前向きな人たちの中に入ると、人は途端になけなしのエネルギーを消耗してしまう気持にもなるわけです。皆さんもそのような経験はありませんか?自分の本来のパワーが失われている時に他人と比べると、歩みが重くなりがちで、憂鬱のスパイラルからは逃れにくくなりますね。他人との比較ではなく、自分は本来何を目指していたのだろうか、どんなことをしていきたいと思って今を過ごしているのだろうか。という自分の長期的な見通しを再度確認すること、場合によってはそれに現実的な修正を加えると、ふと気分が楽になり、身体が楽になる、そんなことがあります。

  「人生における悲劇は、ゴールに到達しないことではなく、到達すべき目標を持たないことである。」これは サイクリストであるジョニー・Gが、教育者であり社会活動家のベンジャミン・メイズを引用し、今話題になっている言葉です。そもそもジョニーはNYとLAを横断する過酷なロードレースのプロですが、彼は自信を持って参加した初年度のレースではあえなく途中棄権をすることになりました。大きな挫折に落ち込んだ彼は、1人自宅ガレージに入り、そこで独自のトレーニングに没頭したそうです。おそらくその頃の彼は周囲を寄せつけなかったでしょう。しかしそんな彼にとってはその時、じっと自分に立ち戻り、自分の身体の声を聞いて楽しみながらできることをトレーニングを選んだのがよかったのでしょう。音楽に乗って楽しみながら筋力をつける、そしてそれは同時に己の集中力を研ぎ澄ますためのトレーニングも兼ねることにもなっていました。彼は翌年いい結果を出すことができましたし、それを聞きつけた仲間たちが彼の手法を求めるようになりました。実はこれが現在世界で爆発的にヒットしているインドアサイクリングに発展しているわけです。
   私からつけ加えるならば、「到達すべき目標を持つこと、そして時にそれを現実に擦り合わせ、変化させていく判断力と決断力をもつこと」。それが人生の節目には問われることになります。 私たちもそんな皆さんのお手伝いができればと思っています。
(ポートヘボン「お知らせ」(2017/9月)より転載)