vol.03 ガリ勉、したことありますか?

「入学したのはいいけれど、大学生活ってこんな生ぬるいモノでいいのかな…?」今回登場してくれたのは、そんな思いが留学という目標によって一転、毎日がVIVIDに変化していったという仲條咲美さん。TOEFLスコアの克服で、彼女がどう変わっていったのか。まっすぐ、しっかり留学に臨んだ経験が、今、どれだけ大きな糧になっているのか。「自分に自信や希望が持てない…」そんな風に思っているあなた。必見のインタビューです!

仲條咲美 (2010年3月卒業)

留学期間:2007年10月-2008年9月
07年度の認定留学生の中でも1、2を争うTOEFLスコアを叩き出し、フランス文学科ながら英語圏の名門UCLAへの留学を鮮やかに決めた彼女。可憐な外見と天真爛漫なキャラで、一見フツーの女子大生かと思いきや、一度目標を定めたらシュートを決めるまで諦めないド根性はフツーじゃありません。帰国後は早々に就職活動を始め、現在は日本通運国際物流航空事業部に内定済。

仏文なのに英語圏留学?

フランス文学科でありながら、英語圏に留学を決めたのはなぜですか?

英語が好きということもあり、まず、大学1年の冬に1ヶ月間、カナダに語学留学したんです。そこではいろんな国の友だちができました。でも、語学の専門学校だったので、現地に住んでいる人と仲良くなれなかったし、その土地にについて何も知ることができなかったんですね。それが残念で。
じゃあ、土地に親しんで、そこに住む人たちとコミュニケーションできるようになるにはどうすればいいかっていうと、現地の人が通っている学校に行かなくちゃダメですよね。明学の交換留学制度を真剣に調べ始めたのは、それに気づいてからなんです。
特に私は各国の文化に興味があったんですが、留学先の中で、いろんな文化が交錯している国といえばやっぱりアメリカ。特にUCLAは文化について学べる講座が多く、明学にいたら絶対に教わらないようなことが学べるんじゃないかと思い、第一志望にしました。
そこからです。ガラッと私の生活が変わったのは。

TOEFLスコアが最低基準に100点足りない!

仏文だとフランス語漬けになるので、TOFELの試験は大変だったんじゃないですか?

そうなんです!「r」の発音もフランス語っぽくなりますしね(笑)。でも、何はともあれTOEFLと思って受けてみたら、ペーパーテストが450点くらい。留学するためには100点以上も足りません。その時が、大学2年の5月。学内選考は10月。戸塚のCICEでは「あと5か月で100点もアップするのは無理だから諦めなさい」と言われるし、TOEFLのスクールに通っている子も同じようなことを言われるし。それで「くそっ!絶対やってやる!」と火がつきました。
それからすぐに明学のTOEFL講座に申し込んだのですが、これがすごくよかったんです。授業は毎週土曜の朝から夕方まで。安いし、内容は充実しているし、先生にも恵まれて。私は選考対象になる最低ラインのCBT197点、ともかくそれをクリアすることを目標に、夏休みは朝から晩まで語彙、グラマー、リスニング…、ともかく必死で勉強しました。そしたら、学内選考の2か月前に、CBTが230点になったんですよ!そこで一気に、UCバークレー以外、全てのキャンパスが選べるようになりました。もちろん、選んだのは第一希望のUCLA。立地的に勉強だけじゃなく遊ぶのにもいいし、ネームバリューのある大きな大学だし。嬉しかったですね。

自分のダメさで涙に暮れる

明学とUCLAで、学習環境はどのくらい異なりましたか?

明学にいると、みんななんだかホワホワしていて、バイト、サークル、ファッションって感じで、あまり勉強に身が入っていない感じがします。でも、アメリカは全然違いますね。大学の図書館は24時間開いていて連日満員だし、カフェや芝生の上で勉強している学生も多いし、宿題の量も半端じゃない。さらに授業は予習しないと、全くついていけないんですから。
プレゼンテーションについてもレベルが高かったですね。自分は「大丈夫、完璧!」って思って持っていったのに、クラスメイトが自分の何倍もいい出来で、歴然とした差を感じることもありました。発表すると、みんなどんどん質問するので、一方的というより相互理解を深める感じ。だから、発表者がどれだけ調べてきたかも問われるんです。
留学生だからという特別扱いはなかったので、タフに勉強しなければならないのは当然でしたが、それにしても今まで自分のいた世界がどれだけ甘かったことか。あまりの自分のダメさに青天の霹靂って感じ。自分は何でこんなバカなんだろうって、寮の部屋で大泣きしたこともありました。

ファム・ファタール研究に開眼

特に印象に残っている授業は何ですか?

UCLAの専攻はglobal studies(国際学)でしたが、前から興味のあった文化関連の授業として、cultural geography(文化地理学)やcultural anthropology(文化人類学)の授業をとっていました。
印象に残っているのは、アフリカの民族に関する授業。まず、授業のスタイルがユニークなんです。晴れた日には外に出て輪になって、鉛筆と紙を渡され、隣の人を描くんですが、肉体を描くのではなく、オーラを描くんですよ!スピリチュアルですよね?ちなみにその時、相手は私を見て鳥を描いていました。私は花を描いたりして(笑)。
それから、UCLAはハリウッドが近いこともあり、映画の授業も有名です。教室は学内にある映画館。映画を見た後に講義をするので、1回の授業が4時間近くもあるんですよ。そこでファム・ファタール、つまり「(男を破滅させる)宿命の女」をテーマにした映画をたくさん観ました。有名なところだと『カルメン』がそうですね。この授業が面白かったので、今は明学の仏文の卒論のテーマにファム・ファタールを選んでいるほどです。

留学を通じて得た、一生消えない宝物

留学という目標・経験を通じて、何が得られたと思いますか?

大学に入ってからしばらく、私は何か夢中になれるものを探していたと思うんです。そこにTOEFLと留学っていう明確な目標ができた。それからは、目標に向かって進む気持ちよさや、スコアが目に見えて上がっていく楽しさ、海外ドラマを見て「あ、この意味わかる!」という発見など、日々、自分が高まっていく実感がありましたね。きっと、その時の私が一番キラキラしていたんじゃないかな。
そしてこの経験は、就職活動でもアピールポイントとして活かすことができました。5ヶ月間でみんなに無理と言われたTOEFLスコア100点アップを有言実行。目標、努力、達成が私の力です…!って。
就職は、日本通運国際物流航空事業部に決めたのですが、これも留学を経て、海外と関わりのある仕事をしたいと思ったからです。社会に出たら、今度は自分が日本を発信する側になりたいですから。

日本から海外へ伝えたいこと

留学を通じて生まれた、新たな目標は何ですか?

女性学の授業で、日本の女性についてプレゼンテーションをしたことがあったのですが、外国人から見た日本女性のイメージって“ゲイシャ”くらいで、ほとんど興味を持ってもらえなかったんです。あの時もう少し、自分の中に日本に対する知識があれば「そうじゃないんだよ」って主張できたのに、自分が日本のことをあまりに知らなくて、伝え切れなかったことがとても悔しかったですね。
そして、日本から見たアメリカは存在感がありますが、アメリカ側からみた日本って本当に存在感がないんです!他国の留学生に日本の話をしてみても「アニメは面白いよね」「勤勉だよね」って感じで、なかなかきちんと向き合ってもらえない。でも、日本が小さな島国だって、みんなしっかり生きてるんだから、もっと知ってほしいし、認めてほしい。その想いは今も続いています。だから、これからは自分の視点で、日本のことをもっと外国に伝えていけたら、と思っています。