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2007年8月9日

8月6日の平和記念日を迎えて

   本学大塩武学長と高原孝生国際学部教授が、去る8月6日広島市平和記念公園で開催された「広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式」に出席しました。

  今年の平和宣言は、「我がヒロシマは、全米101都市での原爆展開催や世界の大学での『広島・長崎講座』普及など、被爆体験を世界と共有するための努力を続けています」と述べています。

  平和宣言が言うこの広島・長崎講座は、「被爆者の『他の誰にも同じ経験をさせてはいけない』というメッセージの意味を学術的に整理・体系化し、普遍性のある学問として、世界の主要大学において次代を担う若い世代に伝えようとするもの 」(「平和市長会議」ウェブサイト)であり、日本では16の大学、海外では11の大学が趣旨に賛同し、開講しています。

  明治学院大学では2004年から広島・長崎講座を国際平和研究所提供の明治学院共通科目として開講しています。このような経緯があって、2005年以来、本学関係者が「広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式」に招待されています。

   今年の「平和宣言」冒頭において、「運命の夏、8時15分、朝凪を破るB-29の爆音。青空に開く『落下傘』。そして閃光、轟音―静寂―阿鼻叫喚」と、秋葉忠利広島市長はこれまでになく直截に1945年8月6日8時15分の広島市の惨劇を語り始めます。

   ゲルニカに続いて重慶、そして東京大空襲・・・。非人道的だと非難したはずの無差別爆撃を、人類は他ならぬ自らに認知させようと企てました。そのたどりついた最悪の試みが原爆投下にほかなりません。1945年のうちに亡くなられた広島市の原爆犠牲者数は約140,000人、現時点の原爆死没者名簿記載者の総数は250,000人を超えました。

  その後、朝鮮戦争、ベトナム戦争を経て、無差別爆撃は「人類の目論見通りに」常態化し、大量殺戮をもたらす核兵器が、冷戦終結後も正当な兵器として配備され続けています。この過った歩みを、学術研究機関としての大学がどのように受け止め、そこからの脱却をいかに人類の切実な課題として提起できるか、大学の社会的な存在意義が問われます。

  明治学院大学は研究教育活動を通じてこうした現代の人類的課題に取り組み、学術的な貢献をおこなうと同時に教育にその成果を生かそうとしています。



被爆62周年を迎えた「原爆ドーム」

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