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コラム「キャンパスCLINIC」

情報過多の時代を泳ぎ切る

白金通信2018年4月号

なぞなぞです。(知っている人もいるかもしれませんが、その場合は悪しからず。)「たくさんの荷物を抱えたお年寄りが電車に乗り込んで来ました。なのに誰一人として席を譲ろうとしません。
なぜでしょう?」

起きたことは何も知らない
 かつて情報を得る手段は、学生のみなさんが生まれる前まではテレビ、ラジオ、新聞、雑誌といったアナログ媒体でした。それが今やインターネットの爆発的普及によってWebサイト、ブログ、NSなどで次々と情報が発信され、マスメディアのみならず個人までもが情報の発信源になれる時代になりました。これほど「情報の洪水」にさらされていると、1つの事柄について「賛成だ」「反対だ」とか「真実だ」「嘘だ」などと正反対の意見が見られることも珍しくなく、いったいどの情報を信じてよいのかわからなくなりそうです。
 きつかわゆきお氏のメッセージ集『ドラマで泣いて、人生充実するのか、おまえ。』(バジリコ、2008年)にこんな言葉があります。
 「私たちは『起きたこと』を何も知らない。誰かが『知らせたいこと』だけを知ることが出来る」
 このメッセージも象徴的ですね。情報として流されていることだけが世の中で起こっているのではなく、どんなことがなぜ流されないのか、について考えなければいけない場面にもこれから出くわすことでしょう。特に新入生の方々は大学生になってさらにさまざまな情報を得る機会が多くなると思いますから、常に意識しておきたいものです。

情報は多すぎても少なすぎても
 冒頭のなぞなぞの答えは、「席が空いていたから」です。なーんだ。わからなかった人は、「誰一人」という言葉によって「多くの人が電車に乗っている」⇒「満員である」とつい想像してしまったのではないでしょうか。情報が少ないと自分で想像してそれを補う。しかしその想像は固定観念にとらわれていないでしょうか? ときどき立ち止まって他の情報がないのかを考えてみましょう。
 せっかくの春、せっかくの新生活です。画面ばかり見てないで自然の作る色・音・香りを全身に感じましょう。いい季節はあっという間に過ぎていきますよ。


心理相談担当校医 吉村靖司