ウクライナ通信(5)リヴィウのある居酒屋 -ウクライナに栄光を!
リヴィウ市の中心部「リノック広場」に面した古い建物の地下に、面白い居酒屋があるというので行ってみました(写真①②)。お店の名は「クリィーフカ」(写真③④)。週末ともなると、建物の奥にある1階の入り口には、行列ができる人気のお店です。ただ、入るには「合言葉が必要!」だそうです。
写真①:リヴィウ市の「リノック広場」の中心に聳え立つ市庁舎。「リノック」とは、ウクライナ語で「市場」とか「バザール」の意味です。
写真②:「リヴィウ」という街の名前は「ライオンのまち」から来ていて、市庁舎の入り口の両側は、ライオンの像が守っています。
写真③:お店は、市庁舎の正面玄関の斜め向かいの建物にあります。
写真④:昼間は訪れても、古い木のドアは閉まったきりで、お店の名前もありません
閉ざされたドアの前で、ジッと呼ばれるのを待ちます。ドアがギ~ッと開き、軍服を着た年配の男性が声をかけてきます。「スラーヴァ・ウクライーニ!」と言われたら、合言葉を返さないと中に入れないのだそうです。案内してくれた知人のハルナさんが教えてくれました。「スラーヴァ・ウクライーニ!」と言われたら、「ヘローヤム・スラーヴァ!」と返すのだそうです。合言葉を上手く返せたら、入り口の内側で強いリカーのショットをもらい、軍服を着たその男性たちと調子を合わせて一気に飲み干します。これがお店に入る「儀式」になっているのです。
「スラーヴァ・ウクライーニ!」とは「ウクライナに栄光を!」という意味で、「ヘローヤム・スラーヴァ!」とは、「英雄たちに栄光を!」という意味だそうです。「英雄」とは、たとえば、「ステパン・バンデーラ」のことだと、友人が教えてくれました。「ただ、彼には毀誉褒貶があります」ともつけくわえました。「英雄的な行為もあるけれども、傍若無人な野蛮人との見方もあります。とくに、ロシア人は、歴史的にウクライナのこの“英雄”について、そういう見方をしてきました。それは、ロシア人のウクライナ人一般に対する見方に通じるところがあります。」(写真⑤)
写真⑤:ウクライナの英雄たちが見守るジュバラーシュ城。真ん中は、ボグダン・フメリニツキー(テルノーピリ・ジュバラーシュ市城塞博物館)。博物館の許諾を得て掲載しています。
お店の中では、ときどき銃声が鳴り響きます。かなり大きな音です。そのあと、「逮捕劇」が展開されます。お客の中にロシア人がいると「連行」され、またロシア人の客もそれに合わせて「連行されてみせ」ます。これは、もちろん、ある種の「冗談」あるいは「スペクタクルの一種」として行われていますが、それを他のウクライナ人のお客さんは、手をたたいて歓迎します。
第二次世界大戦時の「塹壕跡」を利用したこのお店は、実際に、「ナチス・ドイツを援けて地元住民がソビエト兵士と戦った当時の雰囲気」を表現したものだと、ハルナさんは教えてくれました(写真⑥⑦)。国立キエフ大学に研究滞在しているときに、お世話になっている若い世代の先生に「キエフで、まだ訪れていないところがありますか。ご案内します」と尋ねられて、「ドニプロ川沿いの丘の上に建つ、第二次世界大戦勝利記念の女神像は、まだです」と答えたら、「・・・」となにも答えが返ってこなかったことを思い出しました。毎年ロシアが称揚してやまないこの記念日は、現在のウクライナ人には、必ずしも拍手喝采の歴史的事実ではないようです。この「空気」に、現在のウクライナとロシアの間の微妙な関係が表現されているように思います。
写真⑥:中庭方面に外に出ると螺旋階段があり、屋上にはお店の雰囲気に相乗効果をもたらす「砲撃台」があります。
写真⑦:夜景が綺麗でした。
社会学部教授 岩永真治