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コラム

ウクライナ通信(7)ウクライナの現在 -「オレンジ革命」とその結末

今回で、私の「ウクライナ通信」も最終回になりました。そこで、現在のウクライナ社会を知るうえで、どうしても補足しておかなければならない事実をご紹介します。それは、「オレンジ革命」と呼ばれている政治的-社会的運動とその結末です。これは、2004年の大統領選挙に関する不正をめぐる運動とその結末を指す言葉で、旧ソビエト連邦の社会主義体制とそれに支えられた東欧の社会主義国家崩壊後の草の根レヴェルでの民主化運動のウクライナ版と、現在では把握することも可能かもしれません。詳細は、他の文献に譲りますが、大事なことはこの時運動の結果大統領になったユシチェンコ氏が、ウクライナで民主主義運動のシンボルとなり、この時負けた後の親ロシア派大統領ヤヌコーヴィッチ氏が、2014年2月にロシアに亡命して政権が崩壊したという事実です(写真①②③)。*


写真①:2014年、ヤヌコーヴィッチ政権を崩壊へと導いた紛争は、「ユーロ・マイダン革命」と呼ばれています。多くの学生や市民が亡くなりましたが、とくにウクライナ西部から来た学生や市民が亡くなっています。


写真②:マイダン(独立広場)に掲げられたウクライナ国旗の中に、EUの旗が振られているのがよくわかります(テルノーピリ歴史文化博物館蔵)。許諾を得て掲載しています。


写真③:「ユーロ・マイダン革命」後に指揮をとるポロシェンコ現大統領(同)。

ロシアはこの事実を認めず、後に軍事力を背景にしてクリミア半島の「占領」にまで至ります。が、ドイツのメルケル首相などは、ロシアのプーチン大統領に「オレンジ革命以降のウクライナの社会変革は、革命なのだということを認める必要がある」とコメントしたりしています。ウクライナ東部の「ドンバス地域」では、腕章をつけずにロシア軍が国境を越えて日常的に侵入し、親ロシア派の住民とともに戦闘に参加していると、現地では言われています(写真④)。


写真④:東部地域でロシアとの紛争で亡くなった新しい英雄たち(同博物館蔵)。許可を得て掲載しています。蝋燭に追悼の火が灯っている、中央上段の写真には、「英雄たち」と書いてあります。ウクライナ通信(5)で「クリィーフカ」を案内してくれた知人のハルナさんがある時、東部地域の紛争について、「毎日、ウクライナの若者が死んでいる」と悲しそうに語っていました。胸が痛みました。

2017年10月12-13日に、第3回ウクライナ社会学会に私が海外からの特別ゲストとして招待された際、ハリキウ(ロシア国境に近いウクライナ東部の町)を案内してくれた大学院生の中に、実際にこうした事実を背景に、「ドンバス地域」からハリキウに家族とともに逃げてきたという学生がいました。ただ、この地域には、若いボランティアの英語の先生も数多くいるとのことです。そして、こう説明してくれた社会学専攻の院生である彼女の英語は、とても流暢なものでした(写真⑤⑥)。


写真⑤:第3回ウクライナ社会学会の会長バキロフ先生(先生はハリキウ大学学長)の挨拶。挨拶の中で、私も海外からのゲストとして紹介して頂きました。


写真⑥:社会学会副会長でハリキウ大学社会学部長のムラダイン先生(左)とキエフ大学社会学部長のゴルバチュク先生(右)。

ユーロ・マイダン革命の記念日に、テレビの国会中継をみていたら、議員表彰の最後にポロシェンコ現大統領も、「スラーヴァ・ウクライーニ!(ウクライナに栄光を!)」と口にしていました。これは、「ウクライナの危険な民族主義の兆候」でしょうか、それとも「ウクライナ西部の地域主義運動(local nationalism)」の全ウクライナ領土への展開の結果でしょうか、あるいはスコットランドの対英国、カタルーニャの対スペイン独立運動と同じように、中近世的な帝国主義国家形態の最終的な崩壊過程の政治的表現でしょうか?

いずれにしても、何百年にもわたるロシア帝国によるウクライナ支配(ウクライナ通信(1)で写真を紹介した、「血の色で塗られた」キエフ大学の赤い本館は、その象徴の一つでした)、1917年のロシア革命直後のウクライナ独立の破棄、1930年代のホロドモール、2004年の「オレンジ革命」および2014年の親ロシア政権の崩壊(「ユーロ・マイダン革命」)が、現代のウクライナ社会の趨勢を知るうえできわめて重要な社会的および政治的事実であることを、今回、私は知ることになりました。そして、その社会変動には、ウクライナ通信(4)の最後でも触れたように、私たち日本の企業も深くかかわり始めているのです。

*この「革命」は、キエフの独立広場でのデモを中心に広がりましたので、その広場の名前とデモのEUとの連携を求める政治的志向を表現して、「ユーロ・マイダン革命」あるいは「ウクライナとウクライナ人の尊厳を守る革命」(Revolution of Dignity)と呼ばれています。11月21日が<革命記念日>になっています。ちなみに、「マイダン」と呼ばれる広場は、アゼルバイジャンのバクーやインドのニュー・デリーにもあります。「マイダン」は、ヨーロッパとアジアを繋ぐ「公的空間」の呼称にもなっているのです。
この「革命」がもつ「正義(Justice)と尊厳(Dignity)」の意味が、EUの理念に嚮和しながらどのようにバクーやニュー・デリー、あるいはバンコクや北京や東京で共有されうるのかが、時代の課題になっていると思います。2020年の東京オリンピック、2024年のパリ・オリンピックは、私たちの大陸の未来のために、このことを議論する絶好の機会だと思っています。
ウクライナの問題は、私たちの大陸の未来を議論するための試金石にもなっているのです。

 

社会学部教授 岩永真治