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コラム

現代を斬る | 感情をどう活かすか

日常生活において、しばしば私たちは「つい感情的になってしまった」と自分の振る舞いを反省したり、「感情に流された」と自分が取った行動を後悔したりする。こうした時、感情は理性的な認知を妨害する要素とみなされているようだ。もちろん、怒りにまかせて他者に乱暴な態度をとることや、喜びのあまり周りに配慮せず浮ついた行動をすることは、社会生活を送る上で問題となる。現代の社会では、感情のままに振る舞うことが適切ではない状況も多い。他方、感情には他の側面もあることを、近年の心理学研究が明らかにしてきた。

どのくらい進捗しているか

目標達成に向けて、課題遂行がどのくらい進んでいるのか、感情は人に知らせる機能を持つ。たとえば仕事の課題として、期日までに重要な提案書を仕上げるという目標がある場合、うまく進捗している場合にはポジティブな感情が生じる。人は少し安心して、企画に新たな視点を加えられないかなど、発想をひろげることができる。時にはその課題をしばし中断して、他の課題に注力することもある。対照的に、もしもうまく提案書がまとまらない場合には不安を感じるし、急に他の課題をアサインされると、いらいらするかもしれない。ネガティブ感情は、目標遂行がうまくいっていないことを人に知らせて、状況を改善すべき行動を取らせる。人は仕事において複数の課題に同時並行で従事する必要があるので、こうした感情による〝情報〟は特に重要である。

他者との関係においてどう働くか

感情は個人の中で目標遂行における適応的機能を果たすだけではなく、他者との相互作用においても重要な役割を持つ。たとえば、適切な方法や程度で怒り感情を表出することも、時として必要なこともある。コミュニケーション相手の言葉に対して怒りを示すのは、その言葉に対して否定的な評価をしていることを相手に知らせて、相手の罪悪感を引き出す。そうした罪悪感によって相手は態度や行動を改めるかもしれない。また、ある人がコミュニケーション相手に怒りを感じていることを見た第三者は、当事者たちを引き離したり、事態に介入したりする。第三者が加わることによって状況が改善することもあるだろう。感情はこのように他者に〝情報〟を与えたり、相手の感情や行動を引き出したりすることで、コミュニケーションを促進するのである。

ところで、大教室で講義をしていると、目につくのはこちらが話した内容に対し感情反応を示す学生たちである。うなずいたり、説明のため挙げた例に微笑んだり(とはいえ、ジョークに大笑いしてくれることはめったにない)、そのような肯定的感情の表出があると安心できる。実はそれと同じくらいありがたいのは、首をかしげ、難しい顔をするなど否定的感情を示してくれる学生だ。もっとわかりやすい言葉で説明し直したり、別の例を挙げながら説明を繰り返したりする必要性を、私に教えてくれるからである。

 

白金通信2018年10月号(No.496) 掲載

田中知恵 Tanaka Tomoe

専門は社会心理学、社会的認知。
特に、感情と認知の相互作用、感情共有過程を主要な研究テーマとしている。
産業・組織心理学などを担当。