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コラム

屹立する壁と「内なる国際化」

墓場と化す国境

揺動のさなかにあるグローバル化の時代は、人の移動を暴力的にさえぎる国境の壁が世界各地に陸続と立ちあがる時でもある。欧州、北米、中東、南アジアなどに次々と障壁が築かれ、各国の国境管理権限はこれまでにないほどむき出しになっている。

イスラエルによる巨大な分離壁や、米国がメキシコとの間に建設中の壁については広く知られているだろうが、世界で最も長い障壁を築いているのはインドである。今世紀初めまで国境がほぼすべて開放されていたバングラデシュとの間にも、今や3,500kmを超えるフェンスが設置されている。

障壁に囲われた国境は軍事化の様相を深め、越境の叶わなかった屍を累々と埋める壮大な墓場とも化している。欧州連合の外囲国境がその象徴といってよい。2004年からの10年間だけで23,700人以上が欧州への入域を試みて命を落とした。世界の国境地帯における死の半数以上を占めており、現在も飛び抜けて危険な場に相違ない。

どれほど障壁が聳立(しょうりつ)しようと、だが、人々は必要があればそれを乗り越えようとする。国境管理の暴力化は、移動する人間を極度の困難にさらすだけでなく、国境の内側に住む人々の意識を閉ざし、内と外との分断と亀裂をあおってもいる。

2つのグローバル・コンパクト

自分や家族のためによりよき生活を求め出ることは、もとより人間としてなんら非難されるべきことではない。なかには、生命や自由を守るため越境せざるを得ない人たちもいる。前者は移民、後者は難民と区分けされるが、両者の違いは実際にはひどくあいまいである。はっきりしているのは、国境の暴力性が強まることで、多くの人間がかつてないスケールの危険にさらされている実情である。

昨年、国連で難民と移住について2つのグローバル・コンパクトが公認されたのもこうした状況認識を受けてのことであった。難民コンパクトでは、受入れ国の負担軽減、難民の自立支援、第三国定住の拡大、安全な帰還条件整備という四つの目標が掲げられた。移住コンパクトでは、安全で秩序だった正規移住に向けて23の目標へのコミットメントが要請されている。いずれも、2016年の難民・移民に関する国連サミットでその作成が約されていたものである。
国連加盟193か国中、難民コンパクトは181、移住コンパクトは152か国の賛成を得て総会で承認された。両文書に反対したのは米国とハンガリーで、このほかイスラエルやポーランドなどが移住コンパクトへの反対に回った。日本政府は双方について賛成票を投じており、誠実な実施が期待されるところである。

もっとも、こうした国際文書は政府の力だけでは実現が難しく、市民社会の関与も欠かせない。難民コンパクトには、大学や研究機関との連携も特記されている。「内なる国際化」を推進する本学としても、国際的な政治力学への批判精神を保ちつつ、難民・移民のために果たし得る役割について議論を積み重ねていってはどうかという思いである。

白金通信2019年3月号(No.498) 掲載

阿部浩己 Abe Kohki

国際学部教授。専門は国際法、国際人権・難民法。
「思考はラディカルに、生活はつつましく」がモットー。
近著に『国際法を物語るⅠ:国際法なくば立たず』(朝陽会)