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コラム

【あの日の私】人生を変えた出会い

私には人生を変えた出会いがある。ムハマド・ユヌス博士との出会いだ。2008年3月18日、ユヌス博士を初めてバングラデシュのグラミン銀行本部に訪ねた。グラミン銀行創設者で、2006年にノーベル平和賞を受賞。温かく、カリスマ性があり徳のある人だった。初対面であったが、「日本でマイクロファイナンス(生活困窮者に対する、無担保の少額融資などの金融)はできるでしょうか?」と率直にお伺いした。「日本でも必ずやできる。」明快な答えだった。

当時、マイクロファイナンスは途上国のしかも農村だからできるのであって、先進国の都会で5人1組のグループ融資などできる訳がないというのが学界やビジネス界の通説であった。マイクロファイナンスやソーシャルビジネスの理論と実践のブリッジを目指して、フィールド調査や研究を進めた。その後、私は海外勤務などで日本を離れることになった。GNP世界第3位の先進国で、かつては1億総中流と言われた日本だが、貧困や格差が広がり今や6人に1人が貧困ライン以下での生活を余儀なくされている。2016年8月、帰国した私は、誰もやらないのなら自分が「グラミン日本(グラミン銀行の日本版)」を立ち上げようと思い立った。

ユヌス博士から日本でも必ずやできると励ましていただいてから約10年。本当に日本でマイクロファイナンスなどできるのだろうか、日本で5人1組のグループ融資など実現可能なのだろうか、具体的にどういう態勢で臨めばよいのか…不安や心配は尽きなかった。最後の踏ん切りがつかず、眠れない夜が続いていた。

その転機となったのが下の写真だ。2017年2月21日、ユヌス博士がまたもや背中を押してくれた。「君しかいない」と。グラミン日本設立でユヌス博士と合意して握手を交わした。この握手を機に私の眠れない夜は質が変わった。不安で眠れなかった夜が「明日は何をしようか」とワクワクして眠れない夜に。30年以上の大蔵省(財務省)での行政経験はマイクロファイナンスをやるためにあったとさえ思えるようになった。ユヌス博士は会うたびに勇気と希望を与えてくれる。私の人生で最も尊敬する人だ。

この握手の半年後、グラミン日本設立のために一般社団法人グラミン日本準備機構を立ち上げると、仲間たちが集まってくれた。弁護士、会計士、戦略コンサルタント、一般企業・金融機関・NPO勤務の人、学生などがプロボノで集まってくれた。

グラミン日本が目指す1丁目1番地は「貧困のない、誰もが活き活きと生きられる社会」を創ることだ。順風満帆にいくとは思っていない。山あり谷ありの連続だろう。しかし、私たちはFor the poorの1点にコミットし、何があっても逃げない覚悟を決めている。「目標が難しく見えれば見えるほど、その仕事はワクワクしたものになる。」ユヌス博士の言葉だ。私たちも全く同じ気持ちでグラミン日本に取組んでいる。

グラミン日本は、現在、草創期の段階で、資金的なサポート、人的なサポート、業務連携など多くの人たちの力が必要だ。Far together! グラミン日本は仲間や多くの人たちと一緒に前に進むことをモットーにしている。マイクロファイナンスやソーシャルビジネスは利他に根差すもので、“Do for Others”という本学の理念にも通ずる。皆さまのご支援を心よりお願い申し上げる次第である。

法学部教授 菅 正広

ユヌス博士と菅先生(2017 年2 月21 日@東京)。©Nasir Ali Mamun(Yunus Center)

白金通信2019年春号(No.499) 掲載