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コラム

【あの日の私】「欲望すること」それが原点

いまだにたった一つだけ手元に残っている大学時代の記念があります。汚く黄変した古い小冊子と細かい書き込みがあるコピー。卒業論文を書く時にほとんど奇跡的に手に入れた資料。何となく捨てられず40年間後生大事に持ち続けていたのでしょう。大学時代は演劇やテニスサークルで活動しそれなりに楽しい学生生活でしたが、最終的に最もハマったものは卒論でした。

慶應義塾大学の独文専攻だった私がテーマにしたのは三文オペラなどで知られるドイツの劇作家ベルトルト・ブレヒト。彼が活躍した当時のドイツはナチス台頭の時代に重なり、芸術家たちも政治的立ち位置によって明暗を分けました。ブレヒトは活動の場を奪われアメリカに亡命しますが、同時期に文学アカデミーの会長になったのはナチス協力者でハンス・ヨーストという作家です。この立場が全く違う二人が、同一の詩人をモデルにそれぞれ戯曲を書いていることを知って、私はムラムラとその二作品を読み比べてみたくなりました。一人の人物が描き方によってどう変わるのか・・・。

ところがここでぶつかったのが、ナチスの協力作家たちの作品は戦後、翻訳はおろかドイツ語原典すら一掃され入手困難という現実です。ネットもない時代、他大学の先生にも尋ねたりいろいろ探しましたがどうしても見つからない。こうなると余計知りたくなるけどテキストがなければテーマも成立しない。諦めかけた頃、ある飲み会でたまたま隣に座った先輩の研究者に愚痴ったら、「あ、僕ハンス・ヨースト持ってますよ」。多分あの時、私は文字通り数十センチ飛び上がったと思います。入手したテクストは古い亀の子文字(※)で愕然としつつもひたすら格闘しましたが、今考えれば「論文」とも言えない稚拙な卒論でした。でも「一つの現象も見る立場が違うと別様に見える」という確認は、その後テレビ局で検証ドキュメンタリーをつくることになる私の、基本的信念になりました。

こういう関心への伏線は、大学三年生の時に世界に触れる機会を持ったからかもしれません。交換留学で行ったスタンフォード大学では年齢も性別も関係なく自分の意見をぶつけ合う学生たちにおおいに刺激を受け、フィンランドの学生をホームステイに迎えた時には「海外」はアメリカだけではないと痛感。自分にとっての「あたりまえ」は別の視点から見ると普通じゃないかもしれない。この実感はその後45歳になって迎えるもう一つの大学生活にもつながります。デジタル化する環境の中でテレビ業界の「あたりまえ」はどこまで通用するのか。そんな疑問を抱き、さまざまな角度から情報を研究する大学院で仕事をしながら学びました。そこで出会ったのがメディア論。そしてその縁で私は今、明治学院大学にいるのです。

大学生の時代にやりたいことが明確でなくても、今出会っていることを大切にしてください。想い続けることと人との出会いで道はどこかにつながっていく。これは大学時代に私が体得した一番大切な実感だったと思います。

文学部教授 古川柳子

※ドイツでは中世以降、第二次世界対戦頃まで使われていた装飾性の高い文字。

 


手元に残っていたハンス・ヨーストのテキスト。


フィンランドからの留学生ピルコと(先生は左)。


現在の先生。

白金通信2019年夏号(No.500) 掲載