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コラム

【あの日の私】後悔の4年間。理想と少しの勇気

大学時代は私の人生において暗黒期だった。小学校から高校までは学級委員をやっていたほど、人前に出ることやコミュニケーションは得意だった。しかしのんびりとした田舎から上京したての私は、自分の頭の中で未構築の”ふわっ”としたイメージの大学とやらに飛び込んでみたものの、当初は友達作りひとつとっても積極的に取り組むことができていなかった。本学の英文学科は男子学生が少なかったこともあり、気づけばコミュニケーションの機会は減り、苦手になっていった。大学では勉強も友人関係も、なまけようと思えばどこまでもなまけられる。大学ってこんなもんか、(ふ~ん、余裕ぅ~)、とスカしていた。

入部した白金F.C.や英語学のゼミでは仲良い友人もできたし、それなりに楽しかった。しかし4年間は超一瞬だった。サークルの先輩や同期、同じ授業の気になるアノコ。仲良くなりたいと思った人たちに自分から声がかけられなかった。

楽しめなかったな、4年間。これが大学時代の感想だ。

社会人になった。これを機に後悔した4年間を忘れるほどにこの一瞬一瞬を楽しもう。前向きで、理想の自分になろうという強い気持ちを持つようになり積極的に行動してみた。

まず中学時代の親友T氏とその大学院の同期S氏と3人でルームシェアを始めた。実はS氏については、バックグラウンドはおろか顔さえも知らなかったのだが、そういった特異な環境に飛び込み仲良くなりたい人に声をかけるという点で学生時代と比べて一歩前進できた。これが私の人生のターニングポイントだ。

ルームメイトは彼らの大学院の友達を我が家に誘い、よく飲み会を開催していた。当然、流れで私もそこに加わるのだが、これまで出会ったことのない思考や趣味の持ち主(建築専攻のためか、ユニークな人が多かった)に出会うことができ、それが面白く私は積極的に話しかけた。徐々に心許せる仲間ができ、ルームメイト抜きで会うことも増えた。友が友を呼んだ。自分が前向きになっていることも実感でき、本当に楽しかった。

2年半で3人のルームシェアを解消し、S氏とは別の物件でルームシェアを継続した。入居してから知ったのだが、その物件には住人の交流を促進するイベントを企画する会社が入っていた。そのおかげもあり、そこでも楽しい仲間がたくさんできた。友人から言わせれば、「今」を楽しんでいる私だからこそすてきな物件が寄ってきたんだ、と。こうも人生は変わるものか。現在はルームシェアも解消し当物件から退去しているものの、仲間たちとは月1ペースで酒を飲む。

現在働いている教務課の業務において最重要な業務はやはり学生相談であると考えている。相談に来た学生がなにかひとつでもヒントを得てすっきりとした笑顔で帰る。「あのひと」に相談してよかったと思える対応・アドバイスを心掛けている。後輩には悔いが残るような大学生活を送ってほしくないし、前向きに学生生活を送れるよう少し背中を押せるような職員でありたい。苦い大学時代は今では原動力だ。

いま悩める時期を過ごしていても、自分がどうありたいかという理想と少しの勇気で現状を変えることができるかもしれない。そう信じて、私は今日もこの一瞬一瞬を楽しく生きる。

教務課 太田修造


3年生の時、白金F.C.で対外試合に出場(太田さんは前列左端)。


現在の太田さん。

白金通信2019年秋号(No.501) 掲載