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書評【AI時代の労働の哲学】
AIが揺さぶる近代的な価値観
AIやそれを搭載したロボットによって人間の単純労働だけでなく、知的労働までもがある程度代替されるような状況が出現したとき、私たちの社会はどう変化するのだろうか?
著者は、近代以降の「ヒト」と「モノ」の二分法が変わらない限り、たとえ人間の知性を凌駕する「スーパーインテリジェンス」が出現したとしても、「労働」を取り巻く社会の状況は大きくは変化しないはずだ、と説く。その一方で、人間と知的な会話をこなし、人間と協力して様々な問題を解決していくAIの存在が普遍的なものになるに従い、全てのヒトを平等に扱い、特権的な地位を与える現代社会の倫理観そのものが、次第に基盤を掘り崩されていくのではないか、と指摘する。むしろそこでは、ヒトとモノ(動物)の間に、「徳」のあるなしによってグラデーションを設ける、アリストテレスに代表される前近代的な倫理観や、それに裏付けられた一種の身分制が復活するかもしれない。
こうした著者の指摘は、西洋近代とは異質な、儒教的倫理観の強い影響下にありながら、目覚ましいイノベーションによってAIの開発や社会実装で米国の地位を脅かすまでになった中国の台頭をいやでも思い起こさせる。
近代的な価値観が揺らぎつつある中、それでも「労働」せざるを得ない存在である私たちは、来るべきAI時代にどう対峙すべきなのか。本書を手がかりに、今から根源的な思考を始めよう。
梶谷懐(神戸大学大学院経済学研究科教授)
『AI時代の労働の哲学』
稲葉振一郎(社会学部教授)著
講談社 216頁 1,760円
白金通信2019年冬号(No.502) 掲載