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コラム

現代を斬る | 多様性の裏と表

違いを求め、避ける人の心理

いじめ・差別・戦争、私たちの日常にはさまざまなレベルで常に何かしらの“争い”が起こっている。なぜこのような問題が起きてしまうのだろう。理由はさまざまだが、これらあらゆる争いに共通する背景に“多様性”が挙げられる。「みんなちがって、みんないい」は詩人・金子みすゞの言葉だが、私たちは多様性をポジティブな言葉として受け止めることが多い。しかし、ポジティブなはずの多様性が争いを引き起こす。なぜだろうか。

多様性とはつまるところ違いである。肌や目の色、宗教、言語、性別、さまざまなものを多様性は意味する。私たちは多様な環境に身を置くと、仲間を探したくなる。つまり、同性と集まったり、英語圏の人は英語圏の人同士で会話をしたりしがちだ。集団ができあがると、男性と女性、英語圏と日本語圏、といったように互いの比較をついついしてしまうことがある。もっと言えば、他よりも自分たちの良いところを探したがる。これが争いの火種となる。

私の専門は経営学である。そんな私がどうしてこんな話をしているかと言えば、近年の日本企業で多様性に関心が集まっているからだ。多様性により成功を勝ち取る企業もあれば、中には勤務形態や人種、言語とさまざまな軸で多様化を図ろうとし、社内にもめ事を持ち込んでしまう企業もある。

世界規模でビジネスをする時代、多様性を論じるのは不可避である。では、争いを招き入れることも不可避なのだろうか。

違いを味方につける

海外で、見慣れぬ外見(肌の色や服装)の人たちを目にすると、ついつい自分と似た特徴の人を探してはいないだろうか。同じ国籍の人でも、宗教、趣味、血液型と特徴は当然さまざまである。けれど、似た外見の人を探してしまいがちである。要は、その状況で「自分たちが浮かないように」比較軸を作り、仲間を見つけようとするのである。こうして争いが生まれてしまうのは先ほど述べた通りである。

しかし「今は争っている場合じゃない」なんて言いたくなる状況もあるだろう。普段なら部署間でもめ事を起こしている社内でも、会社が経営難に陥ると力を合わせるわけである。つまり、何らかの緊急事態に直面し、構成員が「競合会社に打ち勝て」と意識を外に向けてしまえば、争いは休止し社内は平和になるのだ。

私たちがいざこざを起こして嫌な思いをするのは大抵が手の届く距離で起こるときである。なら、問題を遠くにやってしまおうというのが先の意識を外に向けることにつながる。実際に、私と共同研究者で行った調査でも、自社を強く意識できている人ほど、“我が社 vs 競合会社”という考えを持て、社内で協力する姿勢が見られることもわかっている。

多様性は確かに争いの種ではあるが、意識の持ちようで「うちの会社にはいろいろな人がいて楽しい」とか「いろいろな経験を持った同僚がいるから頼もしい」といったポジティブな受け取り方もできるようになる。多様性を毒にするか薬にするかはあなた次第というわけである。

白金通信2019年冬号(No.502) 掲載

林 祥平 HAYASHI Shohei

経済学部准教授。
専門は組織行動論。
従業員の態度形成やそのマネジメントに関心がある。
近著に『一体感のマネジメント:人事異動のダイナミズム』(白桃書房)がある。