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コラム

【現代を斬る】摂食障害は現代病か?

食べることは生きること?

人間の歴史において、長い間、「食べる」ことは「生きていく」こととほとんど同義であった。夢見がちな若者に対して大人が言う「どうやって食っていくんだ!」というせりふは、もちろん食べ方の問題などではなく、生活費をどう得るかという問題であった。食物があるのに食べないで亡くなる人がいることはあまり知られていなかったと言ってよいだろう。しかし、現在、神経性やせ症という疾患があり、時には亡くなる患者さんがいる。この疾患は、健康な人々には理解が得られにくい。私が研修医の頃は、未だ医療者にすらあまり知られておらず、私の指導医は「あの患者をアフリカに連れて行け! 少しは食物の有難みが分かるだろう」と怒っていた。

なぜこのような病気が起きるのか。一つには、食欲は本能と言われながら、その調節がうまくいかない体質があるということである。健康な人は節食すれば空腹を感じるが、節食すればするほど空腹感が消える人がいるということである。普通は、この眠った病理が顕在化することはないのだが、社会のダイエットの流行で節食すると、病理が発動して激やせしてしまう。つまり、個人の身体因子と社会要因が連動して発症するということになる。

聖女たちと現代事例

ダイエットの流行の前にも実は患者は存在した。神経性やせ症という言葉は19世紀に英国で作られたものであるし、日本の18世紀の医書にも「不食病」の記述がある。何らかの理由で食べなくなり、発症してしまった事例はあったのである。さらにさかのぼれば、14世紀のシエナの聖女カタリーナにも症状があったと言われている。食を絶つことで聖性に近づくと考えたと言われている。現代の聖女とも言われる哲学者シモーヌ・ヴェイユにも拒食症状があり、低栄養による結核の悪化で死亡した。ヴェイユは「飢えている子どもたち、兵士たちにこの食物を送ってください」と言って自分は食を拒否したという。病気の入口は現代の事例とは大分違っているが、症状が完成すると心身が同じような状況になるというのが「疾患」の興味深い点であり、何か身体的基盤があることの傍証となっている。そして、現代の事例も良く話を聞けば、やせてきれいになりたい話だけでなく、「私にはどのような価値があるのか」「私が存在していて良いのか」という自責感など、聖女たちとどこかでつながる心理も聞かれる。現代病のように言われながら、遠い昔の事例と類似する面があるのである。

19世紀の英国の医書には、この疾患は回復しやすいという記述もある。疾患を発症させやすい社会かどうかということに加え、回復が起きやすい社会かということも大事なことだろう。偏見なく接すること、回復過程では穏やかに過ごせる環境を整えることなど、周囲が心がけられることは多い。

回復後に、「同病の方の役に立ちたい」とおっしゃる方が多いのもこの疾患の特徴であり、これも昔の聖女たちに通じるものがあるように感じられる。

白金通信2020年春号(No.503) 掲載

西園マーハ 文 Nishizono-Maher Aya

心理学部教授。
専門は精神医学、特に摂食障害、地域における産後メンタルへルス、コメディカルのための精神医学教育。
余暇には音楽鑑賞、ピアノ、美術鑑賞、読書を楽しむ。

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