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書評【挽歌と反語:宮沢賢治の詩と宗教】

「青森挽歌」の精読/精聴

富山英俊さんの『挽歌と反語:宮沢賢治の詩と宗教』は、冒頭に「「青森挽歌」を読む、聴く」を置き、その精読/精聴の過程で浮かび上がった問題群を解明・論究する諸論を後半に配している。そのテーマは、賢治とキリスト教・仏教思想から、ゲーリー・スナイダー、T・S・エリオットなどの英米詩との関係にまで及んでいる。本書は、昨年度の宮沢賢治賞奨励賞(花巻市)を受賞した。

「青森挽歌」は、「わたくし」(詩人)が、妹「とし子」の死後の行方を追った挽歌であり、詩集『春と修羅』の中でも「傑作」のひとつに数えられている長編詩。亡き妹の行方を探るという主題に交錯するように詩人自身の信仰と死生観が試されていくため、これまで「作品の思想内容」を焦点化したり、「賢治の心の遍歴」の「一貫した物語」を紡ぐような研究がなされてきた。これに対して富山さんは、「詩の言語の特性」に沿って「精読」。「交響曲的」とも「弁証法的」ともいわれるこの詩のリズムと構造を、明晰めいせきに分析した。そして、詩篇中の他者(ヘッケルや倶舎)登場の意味、重層する善/悪の声の根源など、これまでの研究史で諸説錯綜していた問題を見事に整理してみせた。後半では、宮沢賢治とキリスト教、天台本覚思想、日蓮と親鸞等について、賢治のテクストに沿う形での新見を提出し、賢治の宗教思想について問い直しを迫った。多少難解ではあるが、決して晦渋かいじゅうではない刺激的な研究書である。

杉浦 静(大妻女子大学文学部教授)

 

『挽歌と反語:宮沢賢治の詩と宗教』
富山英俊(文学部教授)著
せりか書房 329頁 3,850円

 

白金通信2020年春号(No.503) 掲載

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