逆境の文学から学ぶ
斬るべき現代が喘いでいます。新型ウイルスのパンデミックにより、社会が根底から揺らいでいます。このウイルスとの共棲が日常となるまで、混乱と不安は続くでしょう。「早くもとの生活に戻りますように」とレポートに書いてくる学生もいますが、今はその希望的観測は捨てた方がいいかもしれません。変化の波が世界を飲みこんでいくのは確実です。願うのであれば、どんな時代が到来しても、どんな運命に苛まれても、生き抜く力を得ることだと思うのです。
そのために私は敢えて、逆境の文学を読むことをお勧めします。私の授業では、「沖縄文学」「戦場からの手紙」などと並んで、「ハンセン病文学」とも呼べる詩や小説、ルポルタージュの一群を学生とともに読みます。どれもこれもハンセン病患者の味わった苦境や差別問題を扱ったものばかりですから、明るい気持ちで臨める作品はほとんどありません。読んでいると疲れると訴える学生もいます。しかし同じ学生が、やはり読んで良かった、ハンセン病回復者たちの人生を知って良かったとあとで言ってくれます。
ハンセン病問題に触れた理由
それは私の身にも起きたことです。私はハンセン病患者の人生を描いた『あん』という小説を書きました。樹木希林さん主演で映画化もされましたので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれません。この物語を書こうと思った発端は、深夜放送のパーソナリティをやっていた頃、「社会で役に立たないと生きている意味がない」という若者たちの言葉に出会ったことです。社会で有用な人間になりたいという気持ちはわかりますが、強い違和感を覚えました。理由のひとつが、ハンセン病患者のみなさんを思ったことです。病魔と差別に苦しみ、1996年に「らい予防法」が廃止されるまで療養所から出る自由すらなかったみなさん。この人たちに、社会で有用かどうかを人生の価値観と結びつけて話すことなど私にはできないと思いました。
命が本来宿すもの
それならば、どんな人生にも意味があるということを、新たな視線で描くべきではないか。できればハンセン病問題を背景にした小説でそれができればと思ったのです。
ただ、これは茨の道でした。取材対象者の悲しみや苦しみが想像を越えていたからです。書くと誓ってから刊行までに15年の歳月が流れました。それでも物語を書き上げることができたのは、回復者のみなさんから逆に、大いなる力をいただいたからなのです。
伝えたいのはここです。
体が蝕まれていく恐怖と闘いながら、命の根本の力を信じたみなさん。その力とは、この命がもともと内包していた創造性と希望です。詩や短歌を残している患者さんが多いのは、命を見つめ、表現をしていくなかで、人間は幾度も蘇るということだと思うのです。
混沌の日々がやってきます。私たちは創造性をもって自ら輝き、この暗雲のなかにも明かりを灯さなければなりません。逆境にあった人々から学ぶ時代が来ているのです。
白金通信2020年秋号(No.504) 掲載

助川 哲也 SUKEGAWA Tetsuya
国際学部教授。
1962年東京生まれ。筆名、ドリアン助川。小説『あん』は13言語に翻訳され、フランスの「DOMITYS文学賞」と「読者による文庫本大賞」の二冠を得る。