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あの日の私

私の、なんでもない日々

ライフヒストリーを聴きとる渡辺雅子ゼミでは、先生の紹介で、とある宗教団体にお邪魔したことがある。信者のお一人は、自分が病気で困難だったときに、その宗教の神様の言葉に救われた、と話してくれた。この神様のおかげで今があるんです、と。それを私は、いやいや、それは解釈次第なんじゃないの?と思って聴いていた。同じ状況でも言葉が響かない人だっているし、本当に助けてくれたのはお医者さんのような気もする。「この神様のおかげ」というのは、この人が決めたに過ぎない。ただ、事実としてこの人は救われている。それは確かだった。

たぶん、人生ってそういうものだ。

出会った人、遭遇した出来事、言葉や音楽、ひとつひとつの選択…それらにどんな意味を持たせるか、それはその人次第。ライフヒストリーというゼミのテーマのおかげで、集団生活を送る人や、ろう者を両親に持つ手話ニュースキャスターなど、自分では想像もできないいろいろな人生に触れることができた。それぞれの人が意味づけた人生は、どれもとても面白かった。

かくいう私は、かなりぽやーんとした学生生活を送った。その頃の友だちの名前は、イヤマ・ウリウ・エグチ・オオイシ…と、こぞって「ア」行で、それは明治学院大学の社会学科1年次の基礎ゼミが五十音順15名ほどのクラスに分けられるからだった。1年のときのクラスメイトとずっと仲良いのね、とも言えるし、大して世界が広がらなかったのね…とも言える。部活はミュージカルを創っていた中高時代で燃え尽きてしまって大学で何かしようとは思わなかったし、綱渡りだった卒論らしきものは、提出したその日に封印した(先生、ごめんなさい)。

大学職員になって出会った学生の皆さんたちには尊敬しかなく、Zoomで哲学カフェをしたり、無料法律相談を企画したり、舞岡公園でお米をつくったり、大学ってこんな可能性もあったのか!と遅ればせながら学生生活を追体験させてもらっている。だけど、振り返ってみて、あの日の私にもっと積極的にがんばれよ!と言うつもりもない。それはそれで居心地良く、楽しい日々だったよね。そう思う。

健康スポーツの12分間走という授業で、ジーパンのまま走るというふざけた真似をした挙句フラフラになり、みんなが走るど真ん中で寝かされたこと(貧血)。大好きな劇場でのアルバイト、開場前チェックの客席の階段を大々的に踏み外し、みんなの視界から消えたこと(捻挫)。小学生の林間学校のアルバイトでとてもふくよかな男子児童を押しながら山登りをしたら、2人揃って宿までたどり着けずにリタイアしたこと(疲労困憊。車で救出される)。…別に、体力なし自慢をしたいわけじゃない。

私の学生時代は、大きな挫折も、ものすごい努力も、劇的な出会いも、重大な転機もない、ほんの些細な出来事の積み重ねだった。人から見たらつまらない出来事。それに何の意味があるの? ごもっともな意見だ。でも、私は、これらを思い出すと今でもつい笑ってしまう。たぶん、笑える日々を重ねて、今の私があるのだと思う。

もし、ライフヒストリーの調査対象が私だったら、インタビュアはくだらない人生すぎて頭抱えちゃうだろうなぁ…。そんなことで笑いながら、今日も明日も私は暮らしていきたい。

社会連携課長 岩本 千絵

白金通信2020年冬号(No.505) 掲載

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