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現代を斬る

コロナで見えた社会の不平等 金子充教授(社会学部)

コロナ禍で貧困と不平等が拡大している。災害時に犠牲を被るのは、きまって脆弱な立場に置かれた人々である。株価高騰に沸く金融市場のかたわらで、シングルマザーやワーキングプア、外国人労働者、そして就学・就業がかなわなくなった若者たちが生存をかけて闘っている。

しかし今回のコロナ禍は、それ以外の多くの人々にも「貧困」を経験させ、考えさせる機会を与えた。収入を奪われて経済的に困窮した人はもちろん、収入が保たれている人たちも「ステイホーム」による孤立と排除を経験した。誰にも会うことができず、外食にも旅行にも行けなくなった。学校に行くことも医療にかかることも思いどおりにいかない。おまけに「自粛警察」を気にかけ、他者への不信感をつのらせるようになった。

これが貧困ということである。人は誰かと関係をもつことで承認欲求を満たし、尊厳を保つわけだが、貧困は他者とのつながりを断ち、自尊心を失わせていく。世間から白い目で見られ、排除される。これらは貧者がつね日ごろから置かれている状況そのものだ。

どんな不平等があるか

NGOのオックスファムが今年1月に発表した報告書「The Inequality Virus」によれば、世界の億万長者の資産はパンデミック後わずか9ヶ月で元に戻ったが、最貧困層の蓄えが戻るには10年以上かかるという。そしてこの格差はコロナ禍によって生じたというよりも、元からあったのだと警告している。そのとおりだ。2008年の金融危機後、各国は緊縮財政に走り、富裕層と既得権層が守られ、ワーキングプアが広がったのである。

そこで「ベーシックインカム」の議論が世界でふたたび盛り上がりを見せている。日本でそれは現金を広く薄くばらまく制度だと思われているが、その考えはあらためたほうがいい。不平等を減らし、すべての人が生活できる「基本的な収入」を得るために、発想の転換をして生活保障のしくみをあらためるというのがこの構想の狙いにある。

ここで、ベーシックインカムとして現金を配ればそれでおしまいなのかという論点が立ち上がってくる。コロナ禍での経験から学べるように、安定した「基本的な収入」は大事だが、それさえ確保すればよいということでもない。問題は複雑なのである。

ふたたび貧困に目を向ける

フードドライブや子ども食堂など、貧困に対して「現金以外のもの」を提供する市民活動が注目されている。それらは孤立と排除に対して成果をあげている。一方で政府による経済的な保障制度はあいかわらず不十分なままだと私は理解している。コロナ禍により、貧困を予防し、かつ不平等を是正する所得再分配が足りていないことが明白になったと思う。

だがコロナが落ち着けば、おそらく財政危機と福祉削減の大合唱になりかねないだろう。再分配しなくてよいのか、いったいどこからどこへ再分配したらよいのか、多くの人たちと対話が必要だ。生存をかけて闘う若者の立場から、ぜひ考えてみてほしい。

金子 充 KANEKO Ju

社会学部教授。

専門は社会福祉学、貧困論、社会政策論。
1994年度卒業生。在学中のお気に入りスポットは、白金校舎図書館の5階。学生時代のゼミの仲間とは今でも親交がある。

 

白金通信2021年春号(No.506) 掲載

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