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書評【フランス文学の楽しみかた:ウェルギリウスからル・クレジオまで】

文学は輪郭をたえず崩して進む

芯のやわらかな色鉛筆で下線をひきたくなるような、なめらかな紙のページをぱらぱらめくると、しずかな風が、頬にふれた。

風を感じて、おもいだす。三年次から仏文科に編入学した私は、文学をただ自由に語れるようになることを夢みていた。仏文科では、未知の固有名が飛びかい、学生も教師も、みな活き活きしてみえた。自分が何も知らないのだとつくづくわかった私は、仏文科という未知の森を、固有名が魔法のようにとおり過ぎるのをながめてはぶらついていたが、いつからか、固有名が代わるがわる自分をみちびきはじめた。楽しかった。

「フランス文学」という言葉がどんな世界をしめすのか、その形は茫洋としている。どうやら、作品そして作者や読者それぞれの生がそれぞれにうごめき、それぞれの解釈や受容の仕方を変容させ、それとともに「フランス文学」は、その輪郭をたえず崩しながら進みつづけている。この本を読み、そんな動的なイメージがうかんだ。

ところで、この本には、「楽しみかた」は書かれていない。第一部の作品の紹介ページは、夥しい数の固有名を含み(仏文科の畠山氏の名も見つかる。編者の一人だ)、それらが第二部の多様なテーマと照応する。サイドバーの豊かな図版を楽しみつつ、ページからページへと、固有名から固有名へと、かろやかな移動がはじまる。この本にみつけた新たな一冊を手にしてぱらぱらめくると、またべつの風が立つ。文学は、楽しい。

後藤 はるか(駒澤大学講師・本学フランス文学科卒業生)

『フランス文学の楽しみかた:ウェルギリウスからル・クレジオまで』
永井敦子・畠山 達(文学部教授)・黒岩 卓 共編著
※朝比奈弘治(名誉教授)・齊藤哲也(文学部教授)・塩谷祐人(教養教育センター専任講師) 執筆
ミネルヴァ書房 258頁 3,080円

白金通信2021年夏号(No.507)掲載

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