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コラム

【あの日の私】恩師の言葉

「あなた、上手になりましたね」
「あなたなら大丈夫だと思いますよ」
これらの言葉で私の進路は決まったのかもしれない。

一つ目の言葉をいただいたとき、私は学部3年生だった。東北大学の交響楽団に所属しバイオリンを弾いていたが、この言葉は、その定期演奏会の後に学科の教授であった伊藤翼先生からかけていただいたものである。大勢の中の一人でしかない私のことを知っていることに驚き、話しかけてくださったことに感激したことを覚えている。

私は理学部化学科卒だが、そもそも何か目的があって入学したのではない。漠然と理系がいいなぁ、化学が楽しそうだなぁという程度で学部学科を選んだ。父が理系の研究者であったことも影響しているかもしれない。そして、学年が進み、研究室に配属されることになるが、その際にいくつかの研究室の間で迷っていた私は、「どうせなら優しそうな伊藤先生の研究室にしよう」という理由で研究室を決めた。つまり、冒頭の伊藤先生のあの一言が、私の進路を決めたといっても過言ではない。

そんな理由で?と思われるかもしれないが、もちろん「金属錯体」を扱うという研究内容にも惹かれていた。金属錯体とは、金属と非金属の原子が結合した化合物という定義になるが、さまざまな色を示すため色素やセンサーとして使われたり、ヘモグロビン中において酸素を運ぶ役割をもっていたり、有機ELの発光部分も使われたりと、意外と身近に存在する物質である。今もまだまだ将来性のある物質だと思っている。

研究テーマは、新しい金属錯体を合成し、その性質を解明するというものであった。ここで、「研究室」について少し説明をしておきたい。研究室とは、文系の大学でいう「ゼミ」のようなものだろうか。教授をはじめとする数名の教員がおり、それに対して学部・修士・博士の学生が15名程度所属しており、この大所帯で一丸となって研究を進めていく。ゼミとの違いでわかりやすいものは、過ごす時間の長さだろう。研究室に所属すると、授業や用事がない限りは朝から夜遅くまで一日中研究室で過ごすことになる。毎日毎日、実験をしたり論文を読んだり勉強したり、化学と向き合う日々を過ごした。そんな研究生活を続けていると、そのうち成果が出てくる。初めて合成に成功したのは9ヶ月後のことであったが、その時の嬉しさ、そしてその成果が論文に掲載されたときの感慨深さは今でも覚えている。

その後も、設計したとおりの構造や性質をもつ物質を創り出すという面白さ、設計どおりではなく驚くような構造・性質を見つけ出したときの楽しさというものを味わうことができ、どんどん研究が楽しくなっていった。なぜこんな結果になるのか、どうしたら目指す性質を示す物質を合成できるのか、ということを考え、実験し、文献を調べ、充実した時間を過ごしたと思っている。楽しさを感じつつも将来について迷っているときに、伊藤先生より二番目の言葉「あなたなら大丈夫だと思いますよ」をいただいた。その後押しもあって博士課程に進むことを決め、そのまま研究を続けて今に至る。

この道に進むきっかけを与えてくださった伊藤先生に感謝しながら、今なお金属錯体に関わる研究を続けられる運の良さにも感謝しながら、これからも充実した研究生活を送っていきたい。

法学部准教授 井頭 麻子

白金通信2021年夏号(No.507)掲載

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