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書評【多様な子どもの近代:稼ぐ・貰われる・消費する年少者たち】

子どもの「誕生」論から多様化論へ

今日の私たちが自明視する「子ども」といえば、「発達途上で、脆弱で、家庭で守られ愛され、学校で将来に備え、労働せず、遊び、たばこや酒はたしなまず、性的な行為には関与しない」(本書12頁)存在だろう。このイメージは近代、日本では明治期以降に誕生した。近代国家(法制度、政治、経済・産業など)、近代学校教育、近代家族(新中間層家族)といった諸制度や規範の産物である。それらは、子どもも含め、全国民を包摂・統合し、完成するはずであった。

ところが、実際には、その通りにはならなかった。

本書は、学校で学ぶことなく賃労働に従事する稼ぐ子ども(第1章)、「貰い子」虐待や孤児・棄児などの家庭で守られ愛されない子どもなど、近代日本の諸制度や規範から排除された多様な子どもを明らかにする(第2章、第3章)。他方、子どもはそれらに包摂されるにつれ、自身の能動性や自律性を喪失したとも言える。稼ぐ子どもも、大人の作り上げた消費社会に組み込まれていった(第4章)。

いずれも、多様な子どもを包摂しようとする国家や社会の力が強まると、一部の子どもは周縁化され、その存在を再包摂しようとする「いたちごっこ」のような過程や構図が明らかになる。

本書は、丁寧な歴史分析を踏まえて、先の構図が一層多様化する現代の子どもを巡る制度や政策にも当てはまる「危うさ」を浮き彫りにするなど、大変示唆に富む。

小針 誠(青山学院大学 教育人間科学部教授)

多様な子どもの近代:稼ぐ・貰われる・消費する年少者たち
元森絵里子(社会学部教授)、高橋靖幸、土屋 敦、貞包英之 共著
青弓社 228頁/ 1,760円

白金通信2021年冬号(No.509)掲載

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