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あの日の私

その1秒を大切に 桒田 匠(横浜学生課) 

「第11位、中央大学」

2016年10月、第93回箱根駅伝予選会。中央大学は11位に終わり、箱根駅伝への出場権を逃した。87回続いた連続出場記録が途絶えた瞬間。中央大学陸上競技部長距離ブロックの一員としてその場にいた私は、衝撃的な瞬間を目の当たりにした。

幼い頃から箱根駅伝が好きだった。中学で陸上を始め、高校でも続けた。箱根駅伝に出たい。その夢を叶えるために、箱根駅伝常連校である中央大学の門を叩いた。ただ、それほど現実は甘くない。大学入学までに陸上競技部の入部基準記録を切っていなかった私は、監督から入部を断られた。箱根駅伝を夢のままで終わらせるのか? 同好会に入って入部基準記録突破に挑戦するか? 「選手」だけが選択肢なのか? 悩み抜いた末、私は「マネージャー」になる道を選んだ。この決断は、大きなターニングポイントとなった。

入部してから2年生までは、マネージャー業務に慣れるので精一杯。ザ・体育会のような雰囲気で、上下関係も割と厳しかった。チームマネジメントについて考える余裕などなかった。3年生の時、監督が代わり、チームの雰囲気や環境も大きく変わった。異例の「1年生主将」など、抜本的な改革も行われたが、何となく、不穏な空気は感じていた。そんな中、迎えた第93回箱根駅伝予選会。マネージャーの計測により、速報で予想結果を知らされていた部員は、覚悟はしていたものの、その現実を受け入れられなかった。私もただただ願った。マスコミやOB、大学関係者が集まり、公式結果の発表を待つ。結果は、次点の11位。10位にわずか44秒届かず、箱根駅伝への出場権を逃した。願いは届かなかった。

その日から、3年生が最上級生となった。「弱い世代だ」と言われていただけに、不安はあったが、やるしかない。私はマネージャーとして、チームを俯瞰して見ることを意識した。特にけがで苦しんでいる選手やモチベーションが下がっている選手に寄り添った。指導者と選手との間に立って、橋渡し役にもなった。「誇りを胸にCを魅せろ」というチームスローガンのもと、日を重ねていくにつれて、チームが上昇気流に乗っている感覚はあった。そして翌年の第94回箱根駅伝予選会。中央大学は第3位という結果で、箱根駅伝への出場権を獲得した。「おかえり」という周囲からの言葉に涙が出た。

お正月の箱根駅伝では総合15位で、後輩たちに翌年のシード権を残してあげられなかったが、「マネージャー」としてチームの再建に微力ながら貢献できたと思っている。「選手」として出場する夢は叶わなかったが、箱根駅伝に連れて行ってくれた指導者・同期・後輩には本当に感謝しかない。

現在は横浜学生課で課外活動の支援を担当している。スポーツプロジェクトやMG箱根駅伝プロジェクトなど、明治学院のスポーツは盛んだ。文化系団体も、コロナ禍でできることを模索し挑戦し続けている。そんな学生の姿に、勇気づけられる毎日。大学時代の経験を少しでも還元し、明治学院の課外活動の発展に貢献していきたい。

学生生活は一瞬だ。だからこそ、その1秒を大切にし、時には休みながら、走り続けてほしい。全力で走る学生を、全力で支えられる職員でありたい。

横浜学生課 桒田 匠

予選会を3位で通過した中央大学陸上競技部長距離ブロック。桒田さんは2列目左から2番目。

現在の桒田さん。

白金通信2021年冬号(No.509)掲載

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