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現代を斬る

国際/食の科学技術の進展と植物油脂 賴 俊輔准教授(国際学部)

いま、「食」をめぐる動きが加速しています。IoT技術で調理家電をコントロールする「キッチンO S」の考え方が登場し、食べ物自体にも「植物性代替肉のハンバーガー」が生まれました。こうした新展開の背後で、「フードテック革命」と呼ばれる、サイエンスと食の融合、ライフスタイルの中での顧客体験への価値創造の軸の移行が進行中です。

植物油脂の加工・消費

私はこれまで、インドネシアのパーム油産業について研究を行ってきました。研究の対象としては、パーム油産業の上流部に当たる、アブラヤシ農家の経営状況、生産されたパーム油の輸出動向、農園開発の環境への影響などでした。それ以降、パーム油の研究課題として残されていたのは、下流部の分析であり、具体的には、調理油としての利用、食品加工部門での利用、化粧品・工業製品としての利用、などの加工・消費部門の分析でした。

パーム油の下流部の研究は、調査対象が企業活動であり、関連統計が整備されていないことから、上流部にくらべて研究が手薄ですが、「フードテック革命」に見られるように、近年の食品業界は質・量ともに大きな変化が起きており、パーム油(および食用油脂)を活用した商品開発の動向が注目されます。たとえば、牛の筋細胞を培養液に浸すことで生み出された培養ステーキ肉に、機能的な脂を使って霜降りを再現しつつヘルシーさを出すことも可能になります。

植物油脂のもつ学際性

味覚に関する考察を行ったアリストテレスが真っ先に取り上げたのが甘味でしたが、その甘味に喜びを生み出す力が匹敵するとされたのが、「脂肪または油性の味」でした。実際に、脳機能の実験では、脂肪を口にした際に、糖と同様に、快感を生み出す報酬中枢に反応が見られることが分かっています。また、舌の味蕾には脂肪酸受容体であるタンパク質が存在することが明らかになり、五味(苦味、甘み、旨味、酸味、塩味)に加えて第六の味覚として定義される可能性もあるほか、脂肪酸の融点の違いを利用し、官能的な口溶けを実現する商品開発も行われています。

食の科学技術が進み、人間の味覚や嗜好のメカニズムが明らかになるにつれ、植物油脂が付加する食感やコクはますます重要な役割を担うようになると考えられます。その意味では、フードテック革命により、生態系が維持され、アニマルウェルフェアが実現に向かう社会の影で、私たちが直面しているのは、ひょっとすると、科学技術が植物油脂を通じて人間の欲望を操作しうるという消費社会の極まった姿なのかもしれません。

私の研究の経過は、上流から下流にかけてパーム油を追いかけていたら、人文・社会科学から自然科学までが入り乱れ、寄港地のみえない大海原に放り出された状態、と言えるでしょうか。どこに流れ着くか見通せませんが、楽しみながら取り組もうと思っています。ご関心のある方、ぜひご連絡ください!

賴 俊輔 Rai Syunsuke

国際学部准教授。

神奈川県出身。専門は途上国経済。10年来の趣味はコーヒー焙煎。世界各地から届く生豆のさまざまな焙煎度合いを試しています。

 

白金通信2022年夏号(No.511)掲載

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