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書評【 現代観光地理学への誘い  観光地を読み解く視座と実践】

観光地の実態を地理学から考える

観光を日本の主要産業とする政策が定着して久しい。しかし、「観光地化されている」という表現には、今でもネガティブな印象がある。そこには、観光とは結局は表層的で、社会の本質には関わらないという油断もあるように思われる。

本書は、地理学的観点から15の章とそれぞれに付された15のコラム、そして5つの隣接分野からのアプローチによって、現代の観光地を考える視座を提供しようとしている。リゾート、自然、聖地、ヘリテージ、都市、ツーリスト、ホスピタリティ、エスニシティ、ジェンダー、ジェネレーション、エシックス、ダークツーリズム、アート、デジタルメディア、オーバーツーリズムと、観光の歴史的な展開から研究動向、さらには近年の新しい関心まで扱っていることが、目次からも読み取れる。日本国内のみならず、海外にも広く目配りがなされ、観光が確実に現代世界の核の一部であることが見えてくる。

たとえばエヴェレストでは、オーバーツーリズムによって、ゴミの氾濫だけでなく、経験不足のスタッフによる生命の危機も起きているが、現地の貴重な外貨獲得源・雇用機会であるために、解決が難しい。他方で、女性登山客が増えたことは女性ガイドの需要を掘り起こし、社会的に周辺化されていた女性のエンパワメントにもつながっている。観光地で起きている現実は一筋縄では読み解けない。

本書はそこに接近するための最初の手掛かりを提供してくれる。

荒又美陽(明治大学文学部教授)

現代観光地理学への誘い  観光地を読み解く視座と実践

神田孝治、森本 泉(国際学部教授)、山本理佳 編
ナカニシヤ出版 222頁/ 2,640円

白金通信2022年夏号(No.511)掲載

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