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現代を斬る

教職/「お世話活動」との出会い 文学部教授 石井久雄

9年生の「癒やし」

 

ひょんなことから、品川区立日野学園で調査をすることになりました。日野学園は、2006年に公立学校初の施設一体型小中一貫校として開校しました(現在は義務教育学校)。一つ学び舎のもとで小学生と中学生が一緒に過ごし、小中交流を盛んに行っています。なかでも9年生(中学3年生)による1年生(小学1年生)への「お世話活動」(異学年交流)が目玉です。給食の時間に9年生が1年生の教室で配膳をしたり、一緒に給食を食べたり、昼休みに遊んだりする活動です。このお世話活動を、2007年から参与観察し、その記録をもとに質問紙調査も行いました。

調査結果から分かったことは、お世話活動を通して9年生が「上級生としての意識」などを高めることでした。その上、意外なことに、お世話活動は9年生にとって「癒やし」となっていることも分かりました。9年生は、同級生との関わりでは「友だち地獄」(土井隆義)と呼ばれる緊張感や息苦しさがあるといわれています。しかし、元気の塊である1年生との関わりでは、おんぶや抱っこをしたり、鬼ごっこをしたりして、9年生は気持ちが和むことになります。また、1年生に教えたり手伝ったりして、自分の存在意義を確認することになります。お世話活動には、さまざまな効果があることが明らかになりました。

今の子どもたちへ

こうした研究から感じたことが2つあります。1つは、お世話活動を通して成長する子どもの内面を「見える化」することの重要性です。子どもの学力は、国や地方自治体のテストにより数値で明らかにされ、十分に「見える化」されています。学校では、学習活動だけでなく、お世話活動をはじめ運動会や修学旅行などの特別活動も行っています。しかし、そうした活動を数値化し、「見える化」することは立ち後れています。学力向上には目がいっても、特別活動における教育効果は見過ごされています(現場の教員は経験的に分かっているのですが)。もう1つは、多様な他者と関わることの重要性です。お世話活動を通して、子どもたちはさまざまなことを身につけます。しかし、今の子どもは「三間の喪失」といわれています。塾などで忙しくて遊ぶ「時」がなく、公園などが減少し遊ぶ「空」がなく、スケジュールが合わず遊ぶ「仲」がいなくなっています。その結果、コミュニケーション能力や関係構築能力が低くなっています。そうしたなかで、学校が、お世話活動をはじめ多様な他者と関わる機会を作らざるを得ない状況になっています。

そもそも人と関わる機会が減少している今の子どもたちに、コロナ禍が追い打ちをかけています。成長期にある子どもたちが、人と会うことを制限されたことで、どのような影響を被ったのかが心配です。そのためにも、コロナ禍の影響を調べるとともに、今まで以上に多様な他者と関わる機会を子どもに提供し続けることが急務となっています。

石井久雄 Ishii Hisao

専門は、教育社会学(社会化研究、若者文化研究など)。

好きなものは、しらすトースト、ラジオ、星 新一、阪神タイガース、草刈り。

白金通信2022年秋号(No.512)掲載

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