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現代を斬る

授業中のスマホ撮影に思うこと

講義ノートは私の宝物

学生時代から捨てられないものが一つある。大学・大学院時代に書き留めた講義ノートである。汚い字で殴り書きされ、余白にはなにやらコメントが書き加えられている。ところどころ紙の色が変わり、何が書いてあったのか今となってはわからない所もある。しかし、これらの講義ノートは、私が大学時代に授業を受けた証であり、今では大切な宝物となっている。

近年、黒板の板書やスクリーンに映すパワーポイント資料をスマホに撮影する学生がいることが気になっている。スマホが高性能になり、板書やパワーポイントを講義資料として記録しておける良いツールとなっていることはわかる。しかし、スマホ撮影が教育的効果を持つとはにわかには信じ難い。心理学や教育(工)学の分野では、ノートテイキング量とテスト成績の間に正の相関があることが報告されている。きちんとノートを取ることは成績に直結する。一方、スマホ撮影と成績との関連を示した研究はまだ見たことがない。ノートテイキング時には、講義内容をどうやって書き留めるか〝考える〟必要がある。スマホ撮影では、板書やスクリーンを撮るだけでよく、講義中に情報を整理する負荷が低いぶん、講義内容が頭に定着しづらいのではないかと予想する。しかし、今回はスマホ撮影の学習効果を議論したいのではない。

冒頭で大学時代に書き留めた講義ノートは私の宝物だと述べた。そこで、もし私の時代にスマホがあったら、私はスマホ撮影した講義画像を、講義ノートと同じように大切に保管し、講義ノートと同じように〝宝物〟と感じていたかどうか考えてみたい。

スマホ撮影した講義画像は宝物になりうるか?

スマホ撮影した講義画像は、スマホに保存されているぶん、例えば、電車の移動中にテスト・レポート対策として、気軽に復習できる便利さがあるかもしれない。しかし、スマホで撮るのは講義中の画像だけではない。日常生活の様々なシーンをスマホに保存している。この中から、数ヶ月前に撮った講義画像を探し出すのは一苦労である。一枚一枚の画像に必要な情報をタグ付けしておいて、あとから検索しやすくする手もある。ただし、一つの講義で何枚もスマホ画像を撮ると、タグ付け作業は楽ではない。新しいスマホを買ったら、スマホ画像を新しいスマホに移し替える必要がある。スマホを買い換えるたびに、この作業をやり続けるのはなかなか大変だ。講義画像をすべてクラウドドライブに保存しておく手もある。タグ付けされた講義画像を、授業ごとにきれいにフォルダに整理しクラウドドライブに保存しておけば、もう怖いものはない。こう考えると、講義画像を安全に長期保管するのに必要な手間暇はかなりのものである。その手間を乗り越えて、長期保存された講義画像には、それなりの思い入れが生まれるかもしれないし、これらの講義画像に〝宝物〟感を感じられるかもしれない。しかし、自分がここまでのことをするとは到底思えない。古い世代だからだろうか。私はやはり自筆の講義ノートを大切にしたい。

白金通信2017年3月号(No.488) 掲載

宮本聡介 Sosuke Miyamoto

明治学院大学心理学部教授。
専門は社会心理学・社会的認知。よりよい人間関係を作り上げるための理論と実践について、社会心理学的な視点から研究している。心理学科では社会心理学概論、対人社会心理学、調査法などを担当。

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