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アメリカンフットボールでの挫折から学んだ「寄り添う心」とは?

「牧師」ってどんなお仕事か、ご存知ですか? 2017年4月に明治学院の学院牧師となった北川善也牧師。中学校/高等学校の礼拝やチャペルアワー、大学の授業に学生の相談相手など、忙しい日々を過ごしています。卒業生でもある北川牧師が、学生生活の思い出から牧師になった経緯、学院牧師として目指す姿を語ります。

明治学院 学院牧師
北川 善也(1989年 経済学部 経済学科卒業)

在学時は体育会アメリカンフットボール部所属。4年次に主務となり、2部リーグで全勝優勝、悲願の1部リーグ昇格を果たす。大学卒業後、大手化粧品会社に就職。12年間の勤務を経た後、2001年4月、東京神学大学に入学。東京の教会で2年間を伝道師として、京都の教会で10年間を牧師として勤め、2017年4月、明治学院の学院牧師に着任。趣味は愛犬(ラブラドールレトリバー)との長距離散歩。

「真っ暗闇」から得た光

アメリカンフットボール一筋。学生時代はこの一言につきます。
高校ではサッカー部でしたが途中で辞めてしまったので、大学では何か一つのことをやり遂げたいと思っていました。当時、「大学から始めるスポーツ」と考えられていたアメリカンフットボール部は、そんな自分にぴったり。平日は練習場と白金キャンパスの往復。休日も試合か練習。そんな毎日を過ごしていました。

しかし、大学3年の夏、右眼が網膜剥離に。ある日、練習に向かって友人と歩いていると、右眼の見え方がおかしいことに気付きました。駆け込んだ眼科で言われた最初の一言が、「即入院」。網膜がだいぶ剥がれてしまい、いわゆる「重症」の類でした。アメリカンフットボールでは、ヘルメットをつけた選手同士が激突すると30Gから40Gの衝撃が生じると言われています。日々の練習や試合で少しずつ目に負担がかかっていたのでしょう。気持ちも、まさに「お先真っ暗」。3回の手術、そして4ヵ月に及んだ入院。眼以外は健康なのに絶対安静でしたから、まさしく拷問のような日々でした。患う前は明るかった性格も、次第に暗くなってしまって。お見舞いに来てくれた友人にもかなり投げやりな態度をとってしまったと思います。それでも立ち直れたのは、教会学校の古くからの友人のおかげ。ある日、その友人が1人で見舞いに来てくれました。聖書や教会の話ではなく、何気ない日常会話をしただけだったのですが、その会話の中から他者のため十字架にかかり、自らの命をささげたイエスのことが思い起こされたのです。「自分のこんな気持ちなんて誰もわかってくれない」「神様なんて本当にいるのか?」怪我の苦しみを自分本位にしか考えられなかったからこそ、イエスの存在が心に響きました。友人が去って1人になったとき、頬を伝わった大粒の涙。それは、「こんな自分でも生かされている意味がある」ということに気付かされた喜びの涙でした。そして、その時から今の自分だからこそできることを考えるようになりました。どん底を味わったからこそ、相手の気持ちにもとことん寄り添えるようになったのです。この経験は、自分にとって本当に大きな糧となりました。

与えられた役割

大学復帰後、一年上の先輩幹部から主務の仕事を任された時は本当に嬉しかったです。対戦校や学内の調整を中心に、自分にできることはとにかく全力でやりました。アメフト部員として大学を卒業できたことは、大学で何かをやり遂げることを目指した自分にとって大きな財産です。

卒業後は化粧品会社で営業を担当。本当に良い会社で、定年まで働くつもりでした。しかし、仙台勤務時代(2000年)のある日、息子が救急車で運ばれるような出来事がありました。その時、妻から何度か電話が入っていましたが、当の自分は商談中。事態を把握したのはずっと後のことでした。仕事の最中でしたので仕方がないと言えばそれまでです。ただ、家族を見捨ててしまった。そんな気持ちが心にずっと残りました。これがきっかけで、今後の人生の過ごし方を考えるようになりました。同年には祖母が他界。祖父が牧師でしたので葬儀では多くの牧師の皆さんとお会いしましたが、偶然にも、今の自分のように企業勤めを経て牧師になられた方が数名いらしたのです。それで、牧師という仕事に強い関心を持つようになりました。さらに、同年12月31日、帰省していた出身教会で聞いたメッセージ。
「神様は、人間一人ひとりに、その人にしかできない仕事、そのための賜物、そして、その賜物を活かすための命を与えられている。その仕事を示される神様からのメッセージを受け取るために、常にアンテナを高く張っていなければならない」
このメッセージが決定的でした。次男が救急車で運ばれたこと、企業勤めを経て牧師になった方々とお会いしたこと。そして、20世紀最後の日にこのメッセージを聞いたこと。全ては自分が「牧師」という仕事を見つけるために与えられたきっかけだったのではないか。そう考えました。それまで牧師になるなどと一言も伝えていなかった妻からも、「あなたはいつかそんなことを言い出すと思っていた」と。会社を辞め、再び学生として勉強に励み、牧師を目指す。それまで想像もしていなかった新たなキャリアがスタートしました。

学生にとって、もっと身近な存在に

明治学院神学部の流れを汲む東京神学大学を経て、東京、京都の教会で合計12年間牧師として働かせてもらいました。2017年4月、ご縁があり明治学院の牧師に。在学中はアメフト部の学生としてしか関わることができなかった自分にこのようなオファーがあったことを、学校への恩返しという思いでお引き受けしました。

学院牧師の仕事はさまざまですが、牧師という存在、そしてキリスト教をもっと身近に感じてもらうことが目標です。最も力を注いでいるのは、学生たちとの接点をつくること。牧師ってちょっと近寄りがたいイメージを持っていませんか? そんなイメージを払拭したいと思っています。2017年度に発足した学生団体「MCM」の活動の支援や、チャペルアワーなどで知り合った学生からの相談など。私は牧師であると同時に明治学院大学のOBでもあります。悩み、苦しみ、恋愛も、就活も、そして大失敗もしました。だから、学生の相談にも共感できる部分がたくさんあると思っていますし、どんな相談内容にもしっかりと耳を傾けたいと思っています。2018年度春学期からは横浜で「キリスト教の基礎」の授業も担当しています。「目から鱗」や「豚に真珠」などは、実は聖書由来の言葉。そんなトピックスを織り交ぜながら、キリスト教に対するハードルを下げることにチャレンジしています。

明学は、自分を発見する場所

明学には、「非日常の20分間」があります。それは、チャペルアワーの時間。ほとんどの明学生は礼拝形式で行われる入学式と卒業式に参加しますが、この式次第は一般的な教会で行われている礼拝とほぼ同じです。この体験を、「めんどうくさい」と言ってネガティブに捉える人も中にはいるかもしれません。しかし、せっかく明治学院に入学したんです。「キリスト教に触れてみよう」という気持ちに少し舵を切ってみてください。

チャペルに入ること。パイプオルガンの音色に耳を傾けること。聖書の言葉と向き合うこと。これらの体験は、現実の慌ただしさから距離を置き、心の静寂を取り戻す、得難い時間を与えてくれます。スマートフォンやパソコンで何かと常につながっている時代だからこそ、自分と向き合う時間がとても大切ではないでしょうか。 皆さんも、明学で礼拝という「非日常」を体験してみませんか? 新たな出会いや発見が、きっとあなたを待っています。