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平和なシリアを目指して~シリア支援団体サダーカで活動した290日~

2016年10月から2017年9月まで、ヨルダンのシリア支援団体サダーカでボランティア活動をした大竹さん。「ボランティアと言ってもできることは本当に限られています。だからこそ、できることを全力でやるんです」。現地で戦争の悲惨さを目の当たりにしたその言葉には重みがあります。現地での活動や気づきについて聞きました。

大竹菜緒(国際学部 国際学科 4年)
入学当初はやりたいことが見つからず、悩む日々を過ごしたが、「開発途上国の恵まれない子どもたちがよりよい教育を受けられる環境の創造」をミッションとする学生団体JUNKO Associationの活動内容に共感し、入部。機関誌の発行や助成金獲得のための支援団体へのPRなど、広報活動に従事。ヨルダンでのシリア支援団体サダーカでの活動を終えた2017年9月以降は、学内外の講演会などでシリアの現状を伝え、共に考え、行動を起こす場の創出に取り組む日々。

JUNKO Associationとの出会い

2013年4月に明学に入学しましたが、正直なところ志望度は低かったです。高校時代に打ち込んだ吹奏楽部の仲間たちは、みんな志望校に入学する中、なんで私だけ…。こんなことばかり考えていました。入学当初は、大学と自宅の往復をする日々。何もやる気が起きず、恐怖とも焦りともつかぬ気持に駆られていました。そんな時に出会ったのが、新入生歓迎オリエンテーションで手にしたJUNKO Associationのパンフレットでした。

「海外に行きたい」。はっきりとした根拠はなかったのですが、高校時代から漠然とそのような憧れを持っていました。JUNKO Associationのオリエンテーションで自分たちの活動を活き活きと楽しく語る先輩たちの姿を目の当たりにし、直感で決めて入部しました。

支援することは偉いこと?

JUNKO Associationの活動は、次の4つのプロジェクトで構成されています。

・ベトナム現地での活動を企画、運営するベトナムプロジェクト
・ミャンマー現地での活動を企画、運営するミャンマープロジェクト
・現地で買い付けた雑貨を日本で販売するビジネスプロジェクト
・広報活動や他団体のネットワークづくりを目指すSRプロジェクト

私は2013年12月から2015年12月までSRプロジェクトの主任として、機関誌の発行や助成金獲得のための支援団体へのPR活動を担当しました。学生だけでなくさまざまな社会人の方と協働するJUNKO Associationの活動は大変刺激的でしたが、「自分の活動は現地の人にどれくらい貢献できているのか? ただ、自己満足だけで終わっているのではないか?」そんな思いも常に抱いていました。現地のベトナム、ミャンマーで活動できるのは、1年間のうち2ヶ月だけ。だからこそ現地でパフォーマンスを最大限発揮するために国内でのPR活動や入念な準備をするのですが、「もっと現地で活動したい!」というのが当時の私の正直な気持ちでした。

1人の人間が見えていなかった現実

JUNKO Associationとは違った視点で海外を知り、現地の問題と向き合いたい。このような漠然とした気持ちで迎えた2015年8月、所属していた平山恵先生(国際学部)のゼミの校外実習として、2週間、ヨルダンへ行くことになりました。当時の自分にとっては、願ってもないチャンス。かねてより習得に努めていたアラビア語の実践にもなりますので、楽しみで仕方がありませんでした。

ヨルダンでは、都市部で避難生活をするシリア難民の生活実態を調査しました。ただ、調査と言っても専門的な知識を持たない私にできることは、現地の人々の悩みや相談にしっかりと耳を傾けること。民家を訪問し、さまざまな悩みや相談を聞きました。中でも印象に残っているのは、1人暮らしの80代の女性とのやり取り。「こんなところで死ぬなら、シリアに帰って死んだ方がよっぽどマシだよ! 私をシリアに帰して!」切実に訴える女性に対し、ただ頷くだけで私は何もできませんでした。傷病人の治療や物資提供などの緊急支援も大切ですが、それでは根本的な解決にはなりません。何かをせずにはいられない衝動との狭間で悩み、絶望を感じました。同時に、この経験を「単なる思い出」には絶対にしたくないと強く思いました。

2015年12月にはJUNKO Associationの活動を後輩に任せ、就職活動をスタートしました。しかし、就職活動中もシリア難民に関わりたい気持ちが常に心の中にあり、就職活動に区切りをつけた2016年4月にはシリアへの支援活動へ本格的にシフト。以前より興味を持っていたシリア支援団体「サダーカ」の立ち上げメンバーの1人である平山恵先生からサダーカの活動である「アドボカシー」を聞き、自分のやりたいことが見つかったと強く感じました。しかし、どうやってヨルダンに行くのか。そこを全く考えていませんでした。両親には納得してもらいましたが、渡航費や現地での活動費の半分は自分でまかなう必要があり、7月から10月までの4ヶ月間、3つのアルバイトを掛け持ち、ほぼ毎日働きました。空港のレストランでも勤務。ヨルダンへ飛び立ちたかったからでしょうか。休憩中はずっと飛行機を見ていました。笑

「今はまだ早い!」「絶対にやめた方がいい!」「行った方がいい!」準備期間中は、本当にさまざまな方から意見をいただきました。ただ、自分の失敗や後悔を絶対に他人のせいにしたくないと考えていましたので、行くという気持ちは、終始揺らぎませんでした。

大切なのは、空気のような存在になること

2016年10月、再びヨルダンへ。すぐに取り組んだのが、ヨルダンでのサダーカの活動の状況把握。日本にいるサダーカのメンバーから現地の情報は聞いていましたが、百聞は一見にしかず。現地で活動に参加することが、状況を把握する最短の道と考えていました。

サダーカでは、主に家庭訪問と広報活動を担当しました。現地の方々と前回以上にしっかりとコミュニケーションができるよう、活動の合間に語学学校に通学。語学スキルの研鑽は怠りませんでした。特に力を入れた家庭訪問では、シリアの人々の生活になじむことに力を入れました。現在の生活での悩みや不安は、すぐには聞きません。どの方も昔のシリアのことをとても楽しそうに語ってくださるので、その話にしっかりと耳を傾け、自分自身を受け入れてもらうことに努めました。あるご家庭には合計5回訪問しましたが、3回目あたりから、自然と愚痴を話してくださったり、食事をご馳走してくださったり。現地になじめたことを実感でき、とても嬉しかったです。

都市難民と呼ばれる彼らシリア人は、紛争による負傷など、健康面やさまざまな理由から自由に移動できず、家にこもりがち。そのため、遊びや愚痴を言い合える環境がないため、心身のストレスで体調不良を来す方もいらっしゃいます。だからこそ、まずは私自身が生活の中で空気のような存在となり、気持ちを受け止めてあげることが大切。そう考えて行動し続けました。

ヨルダン滞在中は、離婚の仲裁や家族の離散などにも立ち会いました。どれも、紛争がもたらした悲しい出来事。離れ離れになる兄弟の最後は目に焼きついて離れません。「紛争がもたらすものは一体なんなのか」。ヨルダン滞在中は、この問いが頭から離れませんでした。

「自分に何ができるのか」を常に考える

日本に帰国する時は、「帰りたくない」という気持ちでいっぱいでした。一方で、「これまで以上に自分を磨き、成長しないと現地の力になれない!」そう強く実感したことも事実です。

今の自分にできることは、シリアで起きている問題を一人でも多くの方と共有し、関心を持ってもらうこと。現地の方のためになる具体的な活動内容や答えが見つからず、苦しい気持ちではありますが、行動や考えを止めてしまったらそこで終わりです。いつかシリアの紛争が終わり、シリア人に平穏な日常が戻ることを願いつつ、これからも「自分に何ができるのか」を常に考え続け、行動していきます。

これまでの大学生活を振り返ってみると、入学当初に比べて自分がここまで成長できたのは、明学で出会った先生や先輩、同期、後輩の存在があったからこそだと思います。学生生活では、人との繋がりが人生において大きな意味を持つことを教わりました。これまで関わってくださった皆様に感謝をしつつ、残り少ない大学生活も悔いなく過ごします。