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“歌い手”として生きる、ということ

2021.09.24

2歳から歌と共に生きる小豆澤さん。「歌うことが辛いと感じたことがない」と語る様子から、 歌うことが日常生活の一部であることが窺えます。“歌い手”として生きるためには何が必要か考え、明治学院大学に入学したのが3年前。学びと実践のサイクルそのものの学生生活を振り返り、“歌い手”として生きることの意味を語ります。

小豆澤 英輝 文学部 芸術学科 4年 元歌手としてカラオケ教室を主宰する母親の影響を受け、2歳から歌の活動をスタート。日本テレビ系「全日本歌唱力選手権 歌唱王」第2回優勝、同大会第7回準優勝、テレビ東京系「THEカラオケ★バトル」でU-18男子史上初の100点を獲得するなど実績多数。現在はYouTubeチャンネルを中心に活動し、地道にトレーニングを重ねる。趣味はディズニーランドに行くことで、パレードを観てから授業に参加する「朝ディズニー」を実践するほど。

大学には進みたいけれど…

大学入学以前から歌の活動をしていましたが、ただ「歌が好き」という気持ちだけでは歌で生活していくことはできないと感じていました。 「自分は歌に関してはそれなりの実技ができる。その実技に深みや幅、奥行きを加えるには何が必要なのか? 大学に進みたいけれど、そこに答えはあるのか? 楽器を演奏したり、絵を描いてアーティストを目指したりするのとは違うしなぁ…」高校時代は漫然とこんなことを考えていました。

自分に必要なことと、大学に進むこと。これがうまくマッチしませんでした。それだけに、芸術の理論や歴史、文化を多角的に学べる明治学院大学の芸術学科に出会えたときは大きな衝撃を受けました。芸術学部ではなく、文学部の芸術学科であること。アーティストになるために特定の分野の学びだけを深めるのではなく、理論や歴史を含めたさまざまなことを学べること。自分が進む大学はここしかない! そう強く思いました。番組の収録翌日に白金キャンパスに行き、キャンパスの雰囲気を確かめて、芸術学科のことを中心に情報収集を続け、受験の準備に備えました。合格後に収録した番組で、明学出身でTHE ALFEEの高見沢俊彦さんにお会いし、明学に入ることを伝えたのですが、約2年後に別の番組収録時にお会いした際に「明学生だよね?君の歌を覚えているよ!」と声をかけてくださったことがとても嬉しく、昨日のことのように覚えています。

「制作現場」という日常を紐解き、再構築する

芸術学科の学生たちは、私を含めてこだわりが強い、いわゆる自分の柱のようなものをしっかりと持っている人が多い気がします。勉強に対する考えや意欲、服装など、こだわるポイントは人によってさまざまですが、共通しているのは「芸術」そのものに対する強い好奇心。私がライブを行う際のピアノ演奏をしてくれる友人にも、芸術学科で出会いました。

出会いだけではなく、数多くの芸術学の学びの機会にも恵まれました。一つの例として1年生の頃にDOMENIG Roland先生の「映像基礎研究P」で学んだカメラワークが挙げられます。感情の昂りを表現したいときは手持ちで、一定の質を表現したときはスタビライザーで。高校時代にも自分が出演していたテレビ番組などの制作現場でカメラマンの方と接する機会はありましたが、そのときはカメラを「制作現場の風景」と一括りに捉えていただけでした。このような学びを通じて、撮影に臨むカメラマンをはじめとした、一つの作品を制作するために心血を注ぐ方々の視点に立ち、作品に対する考えや熱意に思いを巡らせることの大切さにも気づくことができました。

日々の学びを歌として実践し、レベルの向上を実感する時、芸術学科の学びが間違いでなかったと確信できます。芸術学科の学びは、これまで一括りに捉えていた「制作現場」という日常を紐解き、再構築する術を教えてくれました。

終わりのないマラソンを走り続ける

大学の学びを十分に生かすためには、日々の地道な練習が欠かせません。コロナ禍の前は毎日のようにカラオケボックスで練習を重ねていましたが、現在はもっぱら自宅で練習する日々です。これまで当たり前と思っていた環境がいかに恵まれていたかを実感していますが、以前のようにお客様の前でライブができなくなったことは自身が直面した大きなターニングポイント。今はオンラインライブ配信に力を注ぐようになりました。カメラや照明、三脚などの機材を自宅に揃え、悪戦苦闘しながら収録作業をする日々。ほぼ全ての作業をひとりでやり遂げることで、作品を制作することの大変さや尊さをより理解できるようになりました。これまで自身のYouTubeチャンネルによる生配信やZoomによるファン交流会などを行い、2021年10月には感染防止対策を徹底し、対面方式とオンライン方式を併用したハイブリッドライブも予定しています。

画面越しに自分の歌を聞いてくださる方々の心をいかに揺さぶるか。そのためにはどのような考えや思いを自分の「歌」に乗せて届けることが必要なのか。“歌い手”として今一度原点に立ち返り、一曲一曲に全身全霊を傾けています。ありがたいことに、歌を聞いてくださった方々から「仕事に行く前に聞けて勇気をもらえた」「嫌なことを忘れることができた」などの声をいただく機会も増えました。ここ最近では両親が自分の歌で涙を流している姿を目の当たりにしましたが、実はこのような光景は生まれて初めて。自分の歌に聞き慣れているはずの両親の涙は、自分自身がレベルアップできていることの証、と前向きに捉えています。

“歌い手”として生きる、ということ

コロナ禍ゆえに自分と向かい、将来について考える時間も増えましたが、この先も“歌い手”として生きるということが、自分で導き出した答えです。明治学院大学の教育理念“Do for Others(他者への貢献)”を自分なりに解釈すると、誰かのために歌い続けること、でしょうか。自分の歌を聞いてくださった方が元気になったり、心の支えになったり。学びと出会い、実践に恵まれた学生生活があったからこそ、自分が歌うことの意味であると見出すことができました。

大学の学生生活もあとわずかとなりましたが、これからも、歌い続けます。

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