- Yoko Ide 井手 洋子 1979年 文学部 英文学科卒
明治学院大学卒業後、映画の世界に入った井手さん。
19年前のある日、偶然知った2人の「無期懲役囚」の存在に衝撃を受け、行動を開始しました。
やがて完成させた映画『ショージとタカオ』は、2010年キネマ旬報文化映画第1位、2011年文化庁記録映画大賞に輝きます。苦悩する2人の存在にまっすぐに向き合い、どこまでも「真実」を追い続けた井手さん。明学の精神が溢れます。
2011年の秋に私がつくったドキュメンタリー映画「ショージとタカオ」を明治学院で上映していただいた。早いものでもう一昨年のことになる。この映画は、強盗殺人事件の犯人として20歳と21歳で逮捕され、獄中から〝犯人ではない〞と叫び続けてきた桜井昌司さんと杉山卓男(たかお)さんの仮釈放以後の社会での歩みを足掛け14年、私がカメラを持って追いかけたものだ。二人が巻き込まれた事件は布川(ふかわ)事件と呼ばれている。茨城県の布川という町で1967年の夏におきた。現場に物的証拠がまったくなく、発生から40日後に二人は別件で逮捕された。それから44年後の2011年の5月に、再審裁判で桜井昌司さんと杉山卓男さんはやっと無罪になった。私は多くの人の関心を集めたいと思い、二人が無罪になる前の、再審裁判中に記録を映画として完成させて東京の劇場で公開した。それをきっかけに、今でも全国で自主上映されている。
私が二人を知ったのは、ひょんなことからだった。今から19年も前のことになる。学生時代からの知り合いだったYさんがボランティアで二人の支援をしていた。当時二人は無期懲役囚として千葉刑務所で服役していたが、「犯人ではない」と再審裁判を求める叫びを上げていた。Yさんたち支援者は、二人の事件を多くの人に知って欲しいと毎年のように支援コンサートを開いていた。映像のディレクターをしていた私は、そのコンサートの記録係を頼まれたのだった。気軽に引き受けてコンサート当日小さなカメラを持って会場に赴いた私は、200人程のキャパの小さなその会場で、身体の中に電光が走るような衝撃を受けた。コンサートが始まると、小さな会場の小さな舞台に立った佐藤光政さんという声楽家が、二人が獄中で書いた手紙や詩を紹介し、桜井昌司さんがつくった歌を披露していく。舞台の上で佐藤さんは、二人を「ショージ君」「タカオちゃん」と呼んでいた。ショージ君やタカオちゃんの手紙や詩がとりわけ達者な文章だった訳ではなかったが、刑務所での暮らしぶりや、コンサートに集まった人たちに向けた気遣いの言葉、その一つひとつが誠実でまっすぐなものだった。撮影が進んでいくと、声楽家の佐藤さんの歌にこめた思いが、カメラのファインダーを通して痛いほど伝わってきた。まるでシャワーのように私の心に流れ込んでくるのだ。こんな体験は初めてだった。佐藤さんは、この支援コンサートを長年引き受けておられ、刑務所で二人に面会もし、手紙も交わして交流に努めてこられたという。だからなのだろうか、佐藤さんを通して私は、姿の見えない壁の向こう側のショージ君とタカオちゃんに強い関心を持った。
そのコンサートがきっかけとなって、2年後に仮釈放されて刑務所を出て来た二人と対面し、記録させてもらうことになった。コンサートの印象通りに、二人は率直で、いつか無実が証明されるという希望を胸に、前を向いて歩く人たちだった。二人にカメラを向けながら、私は冤罪というものがどんなものかその本質を知ることになるが、それ以上に学んだのは、長く困難な道のりだったにもかかわらず、あきらめない心を持って強く生きる二人の姿だ。その姿を私は「ショージとタカオ」という映画に結実させた。そして今、映画を通してこれまで出会うことのなかった多様な人に出会うことになった。自分自身の世界が広がったのだ。
佐賀で育ち、明治学院大学(文学部英文学科)を卒業後、紆余曲折を経てドキュメンタリー映画の世界へ。現在はフリーランスの映像ディレクターとして活動。これまで120本以上を手がけ、日本のさまざまな「人」「現場」をカメラに眺めてきた。2011年5月に再審で無罪判決が出た布川事件を描いたドキュメンタリー映画『ショージとタカオ』を日々の仕事のかたわら自主製作。映画は、2010年キネマ旬報文化映画ベストテン1位、2011 年文化庁記録映画大賞など国内外で大きな評価を受け、一般の人たちがえん罪や司法の問題に関心を寄せるきっかけになった。14 年にわたる製作期間のエピソードを綴った本(「ショージとタカオ」文芸春秋、1260 円)も出版
http://shojitakao.com/