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民法を通して「人間とは何か」を学ぶ

民法は、「人が生まれてから死ぬまでの日常生活で生じるさまざまなトラブルや紛争を解決するための解決策や指針を規定する法律」といえます。私たちが、物を売る、買う、お金を貸す、借りる際に起こるトラブルから、交通事故で被害を被ったときなどの財産関係(財産法)、あるいは結婚や離婚、相続や遺言など家族間の問題(家族法)まで、人の一生で起こり得るさまざまな領域が対象となります。最近の民法に関する話題ですと、財産法が民法施行後120数年ぶりに大改正され、2020年から新しい債権法が施行されたり、家族法では、夫が亡くなり残された妻が長年住んできた夫所有の建物に終身または一定期間居住できる配偶者居住権の創設(2020年から施行)や成年年齢が20歳から18歳に引き下げられる(2022年から施行)など、大きな動きがあったことはご存じかもしれません。今話題の夫婦別姓は民法を改正することで実現できます。長年にわたり民法を研究し続ける法学部法律学科の今尾真教授は、「民法は法律学の中でもきわめて人間くさい分野だ」といいます。自身の研究テーマから、ゼミで大切にしていることや、今尾教授自身が起ち上げ、現在も関わっている6割の合格率を超える「公務員セミナー」まで、法学の本質と向き合う熱い思いを語ります。

今尾 真 法学部長(法学部教授) 専門は民法 (おもに担保物権法・債権法・成年後見法など)。1990年法政大学法学部法律学科卒業。1993年早稲田大学大学院法学研究科博士前期課程修了、1997年同大学院博士後期課程単位取得満期退学。1997年より、本学専任講師として民法を担当。現在は民事法入門、法曹コース(2020年度創設)の債権法・物権法、ゼミ、課外講座の公務員試験対策講座などを担当。やる気のある学生にはとことんつき合うことをモットーにしている。

民法は人が生まれてから死ぬまでのあらゆる問題を扱う学問分野

私が長年研究している民法は、法律学の中でも、きわめて人間くさい学問領域だと思います。人間の喜怒哀楽、悲喜こもごもの事象が含まれており、文学・歴史学・社会学などと共通するテーマがちりばめられた学問ともいえます。『赤と黒』を書いたフランスの作家スタンダールは、フランス民法典の条文における文体の簡潔さと明瞭さを高く評価して座右の書にしたというエピソードもあります。民法とは、決して「法律だから堅い」ということはなく、杓子定規的な発想に収まる学問でもありません。

社会や実務が法の条文どおりの解決を採用していないのはなぜか。
その疑問が研究の出発点に

私が大学院時代から現在に至るまで研究し続けているテーマが、「動産売主の代金債権の回収方法 (フランス法における動産担保法を中心として)」です。たとえば、家畜などの動産の売主が自身は家畜を買主に引き渡したのにその代金の支払いを受ける前に動産の買主が倒産してしまった場合、売主は他の債権者とともに、自分が売った家畜がお金に換えられ、そこからわずかな配当金をもらって我慢しなければなりません。売主からすれば、他の債権者と平等に家畜の価値を分け合うのは不公平だという話になります。

こうした事態に対処するために、民法では「先取特権(さきどりとっけん)(動産売買先取特権)」という手段を法律で設け、売主は自分の売った物から自分の債権(代金)を優先的に回収することができると定めています。ところが、世の中や実務(裁判例や取引界)は多くの場合、この条文どおりの解決を採用していませんでした。それはなぜなのか、世の中や実務が事態を直視していないのではないか。こうした疑問を払拭するため、この規定の基になったフランス民法典にあたり、「フランス民法典における先取特権」の制度を調べ始めたのです。

その結果、フランスでは、このような売主に対して、フランス民法典が制定されるずっと以前から優遇的な地位が与えられていることが分かりました。そこで、こうしたフランス法の考え方や債権者間の実質的公平、つまり「自分の財産を提供して他人の財産を増殖させた者は優先権を付与される」ことを紹介して、わが国の民法解釈としても十分に成立し得ることを主張したのです。

もう一つの研究テーマは「債権譲渡と債権の譲渡担保」です。最初の研究から発展して動産のもう一つの担保手段である譲渡担保の法的なしくみに興味を持ちました。譲渡担保とは、たとえば、お金を貸す代わりに、その貸主が借主の財産の所有権を譲り受け、借主はその所有権を譲り渡してもなお、その財産を使うことができるようにしておくものです。本来、一つの物には一つの所有権しか成立しませんが、この場合の所有権は、債権者と債務者のどちらにあるのか、理論的な問題に興味を持ちました。そして、この担保権と先に述べた動産売買先取特権とが衝突することになります。すなわち、AがBに売った動産をBがCからお金を借りるために譲渡担保をCに設定した後、Bが倒産しますと、その動産をめぐって、Aの先取特権とCの譲渡担保がぶつかり合うというわけです。私の最初の研究からすれば、「動産売買先取特権が優先されるべき」となりますが、判例や実務の多くはその逆の結論を採用していたため、何とかそれを覆そうと研究をし続けました。その後現在では、これらの担保権の目的物が、動産などの形ある物(有体物)から目に見えないもの(債権などの無体物)になったとき、両者の優劣はどうなるのか、といった方向に研究が発展しております。

さらに、「成年後見制度(フランス法との比較)」も近年の研究テーマの一つになっています。成年後見制度とは、認知症などによって判断能力が低くなった本人の法的な意思決定を支援する制度です。1999年の民法改正により、従来の行為無能力者制度に代わって新しい成年後見制度(制限行為能力者制度と任意後見制度など)が創設され、2000年から施行されました。

本学法学部として、研究や教育を通じて社会や地域に貢献して存在意義を高めようとの方針から、改正直後だった成年後見制度をテーマにした研究・教育が始まりました。他大学から若手研究者や著名な実務家を招聘した公開講座を創設し、学生と地域の方々を結ぶ場を作ったのです。

私もこうした施策に関わった1人として、民法の従来の制度の基になったフランス法における成年者保護制度と比較しながら、新制度の利用促進や問題点の究明などの研究に着手しました。研究を踏まえて改善提言などを行った論稿を発表したところ、港区や渋谷区の成年後見運営委員会や成年後見制度利用促進協議会などの委員長を拝命することになり、現在では、この分野での活動が私のライフワークになりつつあります。

主張とその根拠を、論理と議論を通じて粘り強く導いていく

私のゼミでは、判例(民事事件に関する最高裁判所の判決)を素材に、原告・被告の法的主張と、それを裏付ける事実関係とを詳細に分析して、当事者がどのように法的主張を闘わせ、それに対して裁判所がいかなる判断をどのような理由でくだしたのかを討論形式で議論し、問題の核心を浮き彫りにしていきます。ゼミには、将来法曹を目指す学生をはじめ、公務員試験や各種資格試験を受験する学生が多く応募してきます。将来、彼らが法曹や公務員として社会で活躍できるよう、問題の核心を捉えながら、それらを客観的に分析して具体的な解決策を論理的に導き出す力を習得してもらうことをゼミの目標に掲げています。

こうした力は、法曹や公務員だけではなく、民間の企業やその他の職業に就いても役に立つ、強力な武器になると思っております。何かトラブルが勃発し、それを解決しなければならない局面に立たされたとき、事態を冷静に分析し、何が問題の核心でそれがいかなる原因から生じたのかを特定する必要があります。その上で、それらにどう対処するのがベストかを、あらゆる可能性を検証して決めなければなりません。こうした作業を通じて導き出した解決策や考えを筋道を立てて伝え、皆に納得してもらう、または別の解決策を提案した人に論理的にこれを主張する必要があります。また、相手からの反論に対しても、根拠を示して再反論する。これが法的な議論の仕方です。その結果、相手がさらなる反論をできなくなったときが議論の到達点で、相手はこれを受け入れなければなりません。現実社会ではなかなかそううまくはいきませんが、法的な世界ではこれが共通・普遍のルールです。

自身の主張とその根拠を、論理と議論を通じて相互理解に達するまで粘り強く導いていくこと。私のゼミではそのことを体得してもらいたいと考えています。学生には、法律の知識や小手先の討論術を学ぶのではなく、法律学の真髄であるこうした思考法、いわば「法的思考法(リーガルマインド)」を学び、社会で役立ててほしいと願っています。もちろん、こうした思考法の大前提には、人の信念や熱い思いがなければなりません。

ゼミでもう一つ心がけていることは、法律・判例・権威につねに批判的であれということです。自分の頭で考えた理由と結論が、判例や学説、ときには法律と異なったとしても、自分で理屈が立てられ、正しいと思うのであれば、それを貫き通せと教えています。最高裁判所が判決をくだしているから、多数説がそうなっているからではなく、つねにそれを疑い、批判し(もちろん、それらの考え方と同意見になることもありますが)、自分の頭で考え、事態を分析し、確信をもって結論を導き出しなさいということです。権威に異を唱えるためには、それなりの考察と他人を納得させられるだけの理由が必要になります。学びを通して、「安易に権威に引きずられるな」ということを示唆しているつもりです。

法学部発、全学部に広がり6割の合格率を超える公務員セミナー

私はゼミや授業以外にも、学内のさまざまなセミナーや講座に関わっています。その一つである「公務員セミナー」は、もともとは法学部法律学科から始まった講座ですが、現在は大学の所管となって全学的に展開され、大きな成果を収めています。これは、国家公務員(総合職・一般職)と地方公務員上級職(都道府県庁・政令指定都市・特別区など)を目指す学生を育成するために学部が一丸となって力を入れたプロジェクトでした。6割を超える合格率を上げ、一学部のプロジェクトから全学部を対象に公務員を目指す学生を大学が支援していこうということになったのです。

この成功により、一般市役所・警察官・消防官を目指す学生を法学部が主体となって支援する「警察・消防チャレンジ支援プロジェクト」も誕生しました。公務員セミナーに応募してくる学生や受験生の中には警察官や地元の市役所勤務を希望する者も多いことから、彼らのニーズにきめ細かく対応するために新たに支援プロジェクトを起ち上げることになったのです。合格率も5割から6割を超えて好調で、2021年度からはこちらも全学展開プロジェクトに昇格することになりました。

公務員セミナーを経て公務員になった卒業生が、国や県、区などの勤務先で、他大出身の同期生に本学の取り組みを話すとたいへん驚かれるとともに羨ましがられるという報告も受けています。「一生懸命やる学生には、大学も一生懸命応援する」。本学のこの姿勢は、つねに一貫しています。

なお、法学部法律学科の主要な目的の一つが法曹養成であることに変わりはありません。法曹を志望し、優秀な成績で早期卒業をして、他大学の法科大学院に進学し、司法試験に合格する学生も年間数名いることから、2020年度より法律学科に「法曹コース」を設けることとし、文部科学省の認定を得ました。早稲田大・慶應義塾大・中央大などの6法科大学院と教育連携し、成績優秀者は3年の早期卒業により学科試験免除でこれらの法科大学院に進学できます。2020年度の第1期生は30名、2021年度の第2期生も29名もの法曹志望の学生から応募がありました。受講生は、法曹コース指定科目を履修しながら目標に向かって熱心に勉強しています。高い目標と目的意識を持った学生が授業に参加することで、他の学生にも良い影響を与えていることがひしひしと伝わってきます。

法とは社会の変化に連動するものであり、時にはそれを抑制するものでもある

法律とは、社会や経済の変化に即して変わっていくものであり、また変わっていかなければならないものだと思います。法律を扱う者は、そうした変化を敏感に汲み取り、柔軟に対処していかなければなりません。19世紀末から20世紀初頭に活躍した、アメリカの社会学的法律家で連邦最高裁判所の判事だったベンジャミン・カードーゾが、名著『法の成長』の中で、「法は変化しなければならない。しかし、法は安定しなければならない。変化と安定のバランスをいかにとるかが、法および法律家の永遠の課題である」と述べています。これを読んで、なるほど、法とは、法律家とは、こういうものだと確信しました。

しかし、ここで注意をしなければならないことは、法・法律は万能ではないということです。使い方次第ではたいへん危険なものになることもしっかりと意識した上で、社会の変化や動きに連動することもあれば、それらの動きを抑制するためにも、法を定め、法が使われなければならないということを理解する必要があります。いったん制定されれば、改正されるまで適用されるのが法律です。その効力や影響力を冷静に見極めた上で、法の制定・改廃や運用をしていかなければなりません。そうした判断の根底には、つねに「人間とはどうあるべきか」という問いかけをしていかなければならないと感じています。