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人間の心と社会を経済実験で読み解き未来をより良いものにするための イノベーションを追い求める

2020.12.18

人間の意思決定の癖を実験で分析し、より良い選択を促す「ナッジ理論」。それを提唱したリチャード・セイラー教授が2017年にノーベル経済学賞を受賞するなど、今、経済学の分野では、実験によって人間の多様な経済行動を解明する研究がトレンドとなっています。こうした実証的な経済学を専門とする犬飼准教授は、行動生態学や認知科学、工学、情報科学をはじめとする異分野の研究者とともに、数々の先端的な研究を行っています。経済学とサイエンスの垣根を軽やかに飛び越え、未来の社会を創る知の探求に熱い想いをもって臨む犬飼准教授が、経済学の潮流や自身の研究、大学の授業について語ります。

犬飼 佳吾 経済学部 経済学科 准教授 2010年北海道大学大学院文学研究科博士課程修了。エコール・ポリテクニーク(仏)客員研究員、大阪大学社会経済研究所講師を経て、2018年より現職。専門分野は行動経済学、実験経済学、神経経済学。経済学を軸に、ゲーム理論・心理学・神経科学などを融合しながら、人間の行動選択や意思決定のメカニズムに関する分野横断的な研究に取り組む。趣味は愛犬・凪(ナギ)の動画撮影。休日はカメラを手に、名前に似つかない元気者を追っている。

技術の進展がもたらした経済学の新たな潮流

私が専門としている行動経済学・実験経済学・神経経済学を端的にいうと、人間がどのように経済に関する意思決定をするのか、また、人間を含む生物が意思決定をするとき脳はどのように働くのかについてさまざまな実験を行い、経済学のモデルと照らし合わせて検証していく学問です。どれも経済学の中では比較的新しく、今世紀に入ってから世界的な注目が高まってきた分野ですが、その背景にはインターネットの普及とコンピューターの計算技術の発展があります。紙とペンで実験していた時代にはできなかった大量のデータ取得・解析が可能になり、研究が飛躍的に増えました。

従来の経済学では、人間は自己の利益を最大化するために合理的な行動をとるという前提で理論を構築しています。ですが、生身の人間は多分に感情に左右されるところがあり、常に合理的に動くわけではありません。こうした人間の心理的な癖や思考、認知のゆがみが意思決定にどう影響するのかを実験で調べる。それを経済理論に組み入れていくことで、人間の実態と経済理論の歯車がうまくかみ合うようになってきました。その成果は、貧困などの社会的課題の解決にも生かされています。

例えば開発援助の現場で「肥料を使えば収穫が増えて貧しさから抜け出せる」と呼びかけても、わずかな肥料代すら貯めずに使ってしまうといった問題について、これまでは「貧困地域の教育水準の低さ」がその原因だと考えられてきました。ですが、行動経済学の考え方を用いて「いつでも肥料と交換できるクーポン券を買えるようにする※」という社会実験をしたら、肥料の購入者が顕著に増えることが分かりました。今ではこうした貧困への実験的アプローチが世界中で行われています。

※実は肥料屋には年中肥料の在庫がないことが多く、農家は収穫後のお金があるときに肥料屋に在庫がなければ、お金を別の用途に使ってしまう傾向があった。

国内有数の経済実験施設を活用した授業

大学の授業では、学生に市場やオークションなどの経済実験を体験してもらいます。本学には国内最大規模の経済実験設備が整備されています。一度に44人の被験者が参加できるこの施設で、双方向性のあるゲーム形式の実験を行い、データ化して分析するという一連のパッケージを実際にやってみると、講義や教科書で学んだ経済理論通りにいく場合と、うまくいかない場合があります。その原因を学生同士でディスカッションしてもらったり、私から「こういう考え方はどう思う?」と問いかけたりしながら、問題は人間の行動のズレにあるのか、経済学のモデルにあるのかを議論します。こうした作業を通じて、学生に経済学的なものの見方を身に付けてもらいたい。そうやって「自分の日常生活の感覚からは遠いもの」と思われがちな金融政策や市場の理論に実感が伴ってくると、経済学の面白さが分かるし、先端的な経済学研究が、実は自分が学んできたことと地続きになっているということが見えてくるのではないかと思っています。

「人間社会のシステム」への興味から研究者の道へ

人間というのはある意味「超社会的動物」ともいえるのではないでしょうか。例えば、高校のクラス一つをとってもグループがあったり、いつの間にか内輪のルールができたりしますよね。人間は社会の中で自らルールを作り、そこに自分を適応させる。そのうちルール自体がひとりでに動き出すこともある。そんな人間への興味から、大学院では初め心理学を学びました。心理学には人間に関する膨大な知の蓄積がありますからね。ですが、人間社会の仕組みやシステムという視点でどこかもの足りなさを覚えるようになったとき、恩師に「だったら君は経済学を学ぶといいよ」と言われたのが、経済学との出会いです。

一方、長野県の自然に囲まれて育った私は生き物が好きで、アリやハチなどの社会性昆虫にも関心がありました。こうした自分の興味・関心がつながったときに気づいたのは、人文学における「人」としての知見には長い歴史と蓄積があるのに対し、生物学を含むサイエンスでは社会の中の「ヒト」が論じられることはあまり盛んではないということです。私は人文社会科学に携わる者として、「人」と「ヒト」をつなぎ合わせるような研究で「人間社会のシステム」を解明していきたい。そこから、他分野の研究者と協働し、融合するような今の研究スタイルにたどり着きました。

経済学の先端知識と最新技術の融合によるイノベーション

現在取り組んでいる研究の一つに、情報通信技術の研究者と進めている触覚に関するプロジェクトがあります。触覚を離れた人々に伝える技術は実現まであと一歩のところに来ていて、視覚や聴覚に障害のある人がスポーツ観戦や映画を楽しめたり、離れた場所にいる相手と握手ができたりするなど、近い将来、遠隔でも今以上に感情価の高いコミュニケーションが可能になるでしょう。そのとき、人間がどのように意思決定をし、どう行動をするのかを考えて、人々により良い選択を促すような経済学のモデルをつくることが私の仕事です。

さらに先を見据えれば、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)などの技術が一層進んだ社会では現実世界と仮想世界の皮膜が取り除かれて、私たちの意思決定は大きく変わっていくにちがいありません。今、ものすごい勢いで情報量と技術が積み上がり、社会は高度化しています。新しい技術が産業や生活に取り入れられていく中で、経済学は人間の行動の癖や認知のメカニズムを使った工夫や仕掛けを制度に取り入れることで、人々の暮らしをより良くすることに貢献できるはずです。経済学の基底にあるのはお金の話ではなくて、人の幸福やウェルフェア(福利)を希求するということ。そのためのイノベーションを、分野の垣根を越えた研究で実現していきたいと思っています。

※犬飼准教授の研究者情報はこちらをご覧ください。

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