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自問自答、そして省みること-本屋が本屋であり続けるために-

2021.11.15

「国語辞典」でお馴染みの三省堂書店。2021年で創業140周年を迎えました。代表取締役社長として経営の舵取りをする卒業生の亀井崇雄さんに、学生生活から現在に至るまでの経緯、在学生のメッセージについて語っていただきました。紙書籍と電子書籍。対立の構図を逆転させた取り組みや、コロナ禍で再認識した「本屋の意味」とは?

亀井 崇雄 1999年国際学部国際学科卒業 株式会社三省堂書店代表取締役社長。システムエンジニアを経て2005年三省堂書店入社。2010年に専務取締役に就任。BookLiveと三省堂書店の協業をはじめとした新規事業の担当を経て、2020年代表取締役社長に着任。座右の名は徳川家康の遺訓 「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。不自由を常と思えば不足なし。こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。」※一部抜粋

入学のきっかけはシンガポール

高校2年生から3年生まで、シンガポールに留学をしました。語学留学としてサマースクールに1週間程度行ったことがきっかけで、現地の街並みや文化に感銘を受けました。その後留学し、現地のインターナショナルスクールで2年間過ごしました。日本人同士のグループに所属して過ごすこともできましたが、インドネシア人をはじめさまざまなバックボーンを持つ留学生たちと多くの時間を過ごしました。現地で学んだことは「何事も自分から伝えること」の大切さ。日本のように相手の気持ちや考えを察することも重要ですが、文化の異なる人と接するときはそれが通用しないこともあります。高校2年間は幸運にもそのような境遇に身を置きましたので、何でも臆することなく伝える経験を積むことができました。今思うと、国際学部に入学したことも自然な流れだったのかもしれません。 国際学部の竹内啓教授(現:明治学院大学名誉教授)のゼミに所属し、日本経済学を専門に勉強しました。ゼミはもちろん、マンドリンクラブのサークル活動やアルバイトなど集団で活動することが多かったので、自分の意見を主張しつつ、相手の意見をしっかりと聞く。このような機会に恵まれた4年間でした。

ちなみに当時は本を読んでもほとんどは小説かコミックくらい。未経験のジャンルを開拓しだしたのは書店に勤めるようになってからで、感性を磨くには最適な大学生活にもっと色んなジャンルの本を読んでおけば良かったと後悔しています。大学卒業後はシステムエンジニアに。中学から大学までゲームのプログラミングに強い関心を持っていたので進路決定にはそれほど迷いはありませんでしたが、「自由なことをしなさい」と肩を押してくれた父(現:株式会社三省堂書店代表取締役会長)の存在も大きかったです。システムエンジニアとして過ごした8年間のキャリアを総括すると、良くも悪くも「やり切った」。30歳の節目に迷わず転職できたのは、この経験があったからこそ、と考えています。

全てが詰まった段ボール

本屋というと静かで、ゆっくりと時が流れているイメージを持つ方が多いと思います。私も転職前はそうでした。しかし店側の動きは真逆です。私の最初の仕事は返本作業でした。店頭で売れなかった本を返品(返本)する作業。これが結構大変です。大量の本を段ボールに入れ、封をし、台車に積む。これだけの作業ですが、気づくと20箱近くになることもありました。大きな収穫だったのは、大小さまざまな気付きにたくさん出会えたことです。「売れなかったあの本をもっと売るためには何が必要だったのだろう?」「段ボールをもっと効率よく運ぶにはどうすれば良いのだろう?」など。売れたら返本作業は必要ない。では、なぜ売れなかったのか?一冊の本には、作者や編集者など、多くの方の想いが詰まっています。そのような本が売れなかったことをモニター越しにデータとして見ることと、実際に手に取って感じることには大きな違いがあります。両方重要ですが、一冊の本に思いを巡らせることは、本屋としてとても大切なことだと考えています。

紙と電子、アナログとデジタル

皆さんは紙書籍と電子書籍と聞くと、どんなイメージを思い浮かべますか?よく言われるのが「対立」や「紙書籍の減少」などです。三省堂書店においてもいわゆる「紙書籍vs電子書籍」の構図で取り沙汰される時代がありました。ちょうど私が専務取締役に着任した2010年ごろがその頃で、当時の私は新規事業の事業化が大きなミッションでした。いわゆる「本屋以外の新しい収益を見つけよ」ということですね。そこで目をつけたのが電子書籍。欧米など電子書籍先進国の事例では電子書籍が紙書籍の売上を奪う、いわゆる「対立している」という構図で描かれることが多かったのですが、日本で電子書籍が浸透してきた時に電子書籍は対立するものではなく、むしろ味方に取り入れたいと思って研究していました。つまり、書店が電子書籍も取り入れることで新たな顧客層を開拓できる新しい武器になるのではないか、そんな思いから2012年に始めたのが、BookLiveと三省堂書店の事業提携です。

「電子書籍なんて敵だ!」当時の社内はこんな意見に溢れていました。孫子の兵法「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」という一節がありますが、まずは敵と思い込んでいる電子書籍がどんなものか理解するために、全社員に電子書籍用のタブレットを配布し、使ってもらうことにしました。すると、多くの社員から電子書籍を肯定的に受け止める声が出てきました。中には漫画書籍のデータでタブレットのストレージをいっぱいにする社員も出るほど。敵と思っていた電子書籍は、実は味方なのかもしれない。BookLiveとの事業提携が現在も続いていることがその証だと考えています。

本屋の意味

2020年4月7日から5月25日までの第一回緊急事態宣言で、ご来店されるお客様が減少した時期がありましたが、業界としては「巣ごもり需要」で追い風となりました。スマートフォンやゲームなどが大量にある時代に、「本」を選ぶお客様が多かったという事実には大変勇気づけられました。日々目まぐるしく変わる社会情勢、そしてコロナ禍により激変した日常生活。このような状況下でも本が本としてあり続ける意味、そして本屋の役割とは何か?こう問い続けて出した答えが「知の拠点であり続けること」です。

スマートフォンなどの画面から得られる情報も確かに大切です。しかし本屋としては、スマートフォンなどで得た情報は「きっかけ」として捉え、本を読むことで深い学びや気づきに巡り合ってほしいと考えています。不確実な情報が溢れかえる世の中にあって必要となるのは、物事を適切に判断する力です。そのためにはさまざまな経験を経て自身の洞察力を磨く必要がありますが、そこで生きるのが「本」によって得られる知識や体験です。専門家が執筆し、プロの編集者、装丁家の手を経て世の中に送り出された一冊の本とお客様が出会えるお手伝いをするのが、私たち本屋の仕事です。これからも我々は、本を通じて多くの方々に良質な情報と出会える場を提供できる存在、学ぶ人を支える存在であり続けたいと考えています。

自問自答し、省みること

学生時代にはなんでも挑戦してみることが大切です。しかしそれ以上に大切なのは、目標を持つこと。目標を持つことが難しければ、「なぜやるのか?」を自問自答してみてください。そして行動した後、省みることを忘れずに。小さな一歩に過ぎない出来事も、自問自答し、省みることで得られるものは大きく変わってきます。そして悩んだときは友人や家族に先生、そして本に頼ってみてください。一番頭が柔らかい学生の時に、たくさんの本を読んでほしい。一冊の本に記された言葉たちに、悩みを解消するヒントが隠されているかもしれません。

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