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できることを最大限に~海外に行けなくてもできることを

2021.09.16

いろいろな場所に出かけて、今しか見られない景色を見たい!大学生なら皆が思うこと。近能さんもそんな大学生の一人でした。国際交流という大きな目標のため、フランス文学科に入学、国際ボランティアサークルにも所属、精力的に海外で活動していた近能さん。しかし、コロナ禍が全てを変えてしまいました。それができなくなった時、大学生時代という先延ばしにできない貴重な今を生きなくてはいけなくなった時、どう思考を変えて進んでいけばいいのでしょうか。

近能 海希 文学部 フランス文学科 3年高校時代にオーストラリア、アデレードでのホームステイの経験から、国際交流に興味を持ち、文学部フランス文学科に入学。入学後も海外経験を積むべく、国際ボランティアサークル「ハビタットMGU」に所属しリーダーを務める。また、横浜キャンパスプロジェクトの一環である「ヤギ部」では、除草活動をするヤギのサポートをするボランティアも行っている。趣味は6歳から続けているピアノ、友人とのオンラインゲーム、写真撮影など。横浜キャンパスから見える富士山を撮影するのがマイブーム。

国際社会で使える言葉を学びたい!

高校生の時、春休みを利用してオーストラリアのアデレードにホームステイに行きました。以前から国際交流には興味があったのですが、世界各国から集まった人たちとの交流を通してたくさんの友人ができ、メキシコ人の友人とはスペイン語で会話もしました。本当に世界は広いというか、新しい発見がありましたし、刺激をたくさん受けたことを今でもはっきり覚えています。

大学でフランス語を専攻しようと思ったのも、国際社会で使える言葉を学びたかったから。英語が世界の共通語ということはよく知られていますが、フランス語も古くからヨーロッパを中心に王族や貴族の中で多く使われていて、今でも国際社会の重要な場面で公用語として用いられています。初めてのことだからこそ、大学時代にチャレンジしたい! そんな気持ちと好奇心にも後押しされ、入学を決意しました。

明学のフランス文学科では、フランス語だけでなく、文化や歴史、社会問題に至るまで幅広く学ぶことができます。私はその中でもとりわけ言語に興味があったので、田原いずみ先生のゼミで「社会的、地域的、国際的空間におけるフランス語の多様性」について学んでいます。フランス語をさまざまな面から俯瞰することで、SNSで使われているスラングや若者言葉、またフランス語の方言などが実際の社会や地域においてどのように話されているかを研究しています。

会話能力の上達はもちろん、何よりも文献の読解やディスカッションを通して、物事を論理的に考える能力もついてきたと実感しています。学科自体が少人数ということもあり、先生や学生の距離も近いので気軽にコミュニケーションが取れるとてもいい環境ですね。

フィジーで家を建てる

大学に入ったら絶対実現したかったもう一つのこと。それは海外での活動です。
海外に行きたい一心で入部を決めた「ハビタットMGU」。海外(主にアジア圏)で住宅支援をするボランティアサークルです。もともとボランティアには全く興味がなく、海外に行く「ついで」にすることくらいの認識だったのですが、実際に挑戦するとその魅力にどっぷりはまってしまいました。今では大学生活の中心といっても過言ではありません。

私はコロナ禍になる前の2019年に入学したので、大学1年生の夏、フィジーへ出かけることができました。念願の海外での活動。学生メンバー12名での渡航でした。フィジーといえば、自然豊かで観光資源の多い豊かな国というイメージを持つ方も多いかと思いますが、現実には国際空港から車で10分も行けば電気も通っていない地域も多く、住環境も決して整っているとはいえない国です。そんなギャップに驚きながらも現地の方との交流しながら、住宅建設の支援ボランティアに明け暮れました。

建築活動は現地の大工さんと連携して行いました。私たちはお手洗いとなる建物の建築にあたりましたが、土台となるコンクリートの地盤作り、タンクを埋めるための穴掘り、壁となる木材の塗装、トタンの釘打ちなど作業は多岐にわたります。機械は使わずほとんどが手作業。また炎天下の中、外国の慣れない土地で行う長時間の作業は決して楽なものではなく、体調管理も非常に苦労しましたが、言葉も文化も違う慣れない環境の中でも、次第に通じ合う心の触れ合いや、子供たちの笑顔、そして何より自分たちの活動を喜んでくれる方の姿を目の当たりにした時、もうこの活動を「ついで」と思う考えは消えていました。

まだ大学生活は時間もあるし、絶対にまた海外で活動して、誰かの役に立ちたい…! 当時、この思いは絶対に叶えられる…そう信じていました。

コロナ禍で再確認した横のつながり

2020年の2月。春休みを利用して活動を計画していたカンボジアへの渡航が2日前に急遽キャンセルに。とても残念な思いをしたのと同時に、コロナ禍の影響でそこから海外での活動が一切できなくなりました。そんなタイミングでサークルの代表に選ばれたのですが、もともと海外志向の強い学生が集まるサークルということもあり、グループの士気はどんどん下がって行きました。週一回オンラインで開かれる総会にも人が集まらず、目標を見失い、日常生活もままならない中、何をモチベーションに活動すべきなのか。団体に所属していることにすら疑問を感じるメンバーも少なくなかったと思います。

そんな時、助けになったのが同じ悩みを抱える他大学の学生たちでした。
ハビタット(ハビタット・フォー・ヒューマニティ・ジャパン)には支部として他大学にも団体が存在します。コロナ前から交流を持っていたこともあり、他大学の学生の悩みも一緒だということを共有できたんです。

そこで何か一緒にできないかと始めたのが、オンラインでの勉強会や交流会。
青山学院大学、上智大学のハビタットのリーダーとともに、コロナ禍の社会問題をテーマにした意見交換会やプレゼンテーションを企画実施しました。特にコロナ禍では身近な人にすら会えない、会えても特定の人とのコミュニケーションに偏りがちだったので、他大学の学生たちと交流できる環境は、いままで以上に貴重で刺激的なものとなっていきました。

ほかにも、ハビタットMGU内では、歴史や気候の知識を交えた世界の住環境について学びあうプレゼンテーションを企画しオンラインで行ったり、30名ほどいるメンバーを学年学科を超えて4~5名ずつ分けて「家族」と名づけ、あえて少人数で気軽に話し合える環境作りを提案したりもしました。私は元々大人数の中で過ごすことや、人とコミュニケーションをとるのが苦手なタイプ。オンラインでの交流では、一層コミュニケーションの取り方やタイミングが難しくなる。自らの経験を生かし、あえて少人数での活動を増やすことで、一つ一つ形にしてきました。

初めから何事もうまくいったわけではありません。一人で悩みを抱えてしまう性格だったので、最初はメンバーに相談することすら難しかったのですが、支えてくれる仲間のもと代表として徐々に積極性も身についていきました。
確実に手応えを感じる、自分が成長し変わっていけているなと実感したのもまさにこのタイミングでした。

海外に行けなくてもできることを

できないことを嘆くのではなく、できることを工夫してやってみる。
これはコロナ禍に限らず、どんな環境でも大切にすべき指針ではないかと思っています。

コロナ禍になって、オンラインを活用するコミュニケーションが一気に進みました。
便利になる一方で弊害もある。そこをどう乗り越えるか。前例がない中、オンライン世代のパイオニアとして見本を作らないといけないと思ったんです。

私の後輩たちは、海外での活動実績がありません。どう後世に活動を引き継いでいくか。悩むことも多くありますが、先輩や同期の仲間がたくさんの助言や意見を伝えてくれます。直接は会えなくてもつながっている。弱くて人と関わるのが苦手だった自分をここまで変えてくれたのは、紛れもなく仲間たちです。たくさんの人と交流し、経験を重ねたことで、人を思いやる気持ち、人とのコミュニケーションの取り方など確実に成長を感じられたと信じています。

まだ不安定な日々は続きますが、大学生活も残り一年半になりました。将来は大学で身につけた語学力や国際ボランティアの経験を生かして、日本と海外との架け橋になれるような仕事に就きたいと思っています。

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