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気負わずに、まずは自分の好きなことを追いかけてほしい

2022.03.24

日本を代表する美術館のひとつ国立新美術館で、主任研究員を務める宮島綾子さん。現在開催されている「メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年」をはじめ、開館時から数多くの展覧会を手がけてきました。明治学院大学の芸術学科では、美術についての知識はもちろん、物事の見方や考え方など、たくさんのことを学んだと話します。恩師との出会いなど、大学時代のエピソードを語っていただきました。

宮島 綾子 1973年長野県生まれ。1995年文学部芸術学科卒業。2007年に開館した国立新美術館に、設立準備室時代から研究員として在籍。専門は17世紀フランスを中心とする西洋美術史。近年の担当展覧会は「ブダペスト ― ヨーロッパとハンガリーの美術400年」(2019年)、「佐藤可士和展」(2021年)、「メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年」(2022年)。

絵画を描くよりも、見ることが好き

幼い頃から美術が大好きで、自分でも絵を描いていました。高校生になって、進路を美術大学に決めてデッサンを習い始めたのですが、2年生の終わり頃に気が付いたんです。私は絵を描くよりも、見るのが好きなんじゃないかと。そこで、美術の歴史や作品の見方を学びたいと思ったのですが、その頃はまだ「美術史」という学問があることを知らなかったので、歴史学科やフランス文学科に行けばよいのかなと思いながら、大学を探していました。全国の大学を調べていくうちに、目にとまったのが明治学院大学の「芸術学科」です。「美術史」の存在を初めて知り、これだ!と思いました。しかも明学の芸術学科は、1年次にさまざまな芸術分野を学習するシステム。美術史だけではなく、音楽史や映像芸術などのカリキュラムがあり、横断的に学ぶことができます。多様な芸術分野を学べることにわくわくし、「私には明学しかない」と受験を決意しました。

入学後は、芸術に関する講義が盛りだくさんだったので、できる限り出席しました。美術史はもちろん、音楽史や映像芸術の授業も単位を取得せずに聴講していました。19世紀ロマン主義の画家ドラクロワのことも、ドラクロワが肖像を描いたショパンの音楽のことも、同時に学ぶことができる。日々の授業に感動していました。

恩師・鈴木杜幾子先生との出会い

明学は先生と学生の距離が近いのも特色のひとつ。授業の後に質問をしに行ったり、研究室を訪ねたり。フランス現代思想や記号論に基づく芸術学を教えてくださった故・宇波彰先生、地道な史料読解に基づきつつ、自分の目で作品を観察する大切さを教えてくださった日本美術史の山下裕二先生をはじめ、お世話になった先生は数え切れません。なかでも一番の恩師といえる存在が、鈴木杜幾子(ときこ)先生。フランス近代を中心とする西洋美術史とジェンダー論をご専門とし、『フランス革命の身体表象 ジェンダーからみた200年の遺産』(東京大学出版会)など多くのご著作で知られる美術史家でいらっしゃいます。4年間、鈴木先生の指導を受けられたことは大きな財産です。

鈴木先生との出会いで、語学習得への意識が高まりました。それまで語学は大の苦手で、自ら進んで勉強する気はなかったんです。でも、1年生の時に鈴木先生から「美術史を専攻するなら、英語ともう一つ、自分が卒論のテーマにしたい画家の国の言語は必須」と教えられ、これは猛勉強するしかないなと。フランス美術に一番関心があったので、2年次の夏休みにフランスへ短期留学しました。偶然、同じ時期にパリに鈴木先生がいらしていて、ディナーに連れて行ってくださったのが忘れがたい大切な思い出です。

充実したカリキュラムのほか、明学のキャンパスの雰囲気も好きでしたね。私は授業で学ぶことが自分の興味に一致していましたが、校内には勉強よりもサークル活動を大切にしている人も多い。明学はそんなさまざまなタイプの人が、ごく自然に共存している感じなんです。自分の好きなことや興味があることを、それぞれが他人の目を気にせずに行っている。私にはこんなのびやかで自由な校風が肌に合いました。

美術館で働きたい!

4年次になり、ほとんどの学生は就職活動を開始。でも、私は就職よりも「まだまだ勉強したい」という思いが強かったんです。その思いを鈴木先生に告げ、当時は明学の大学院にまだ芸術学専攻がなかったこともあり、早稲田大学の大学院に進むことに決めました。

早稲田大学大学院在学中には1年間、パリ第4大学への留学も経験。帰国してからは国立西洋美術館でアルバイトを始めました。そこで初めて美術館の研究員の仕事を具体的に知るようになり、特に作品のそばにいられることに魅力を感じて、美術館で働きたいという思いが強くなりました。

大学院の博士課程で研究を続けながら、いくつかの美術館の学芸員採用試験を受けました。でも、学芸員の仕事は人気が高く、また私が専門とする西洋美術の分野での募集はなかなかありませんでした。自分で選んだ道ですが、将来どうなるんだろうと不安でした。そんな中で、2007年にオープンを控えていた国立新美術館の研究員の募集が2003年にあり、募集対象が幅広かったので、西洋美術専門でも大丈夫かも?と思って試験を受けたところ、採用されたんです。

研究員の仕事

通常、美術館の学芸員の第一の仕事はコレクションの研究・管理ですが、国立新美術館はコレクションを持たないため、研究員(国立館では学芸員のことを研究員といいます)の仕事は企画展の運営が中心です。数年先までどのような展覧会を開催するかラインナップを考え、その中から、私は自分の専門分野である西洋美術の展覧会を主に担当します。ですが、国立新美術館はさまざまな分野の新しい表現を紹介することをミッションとしているので、西洋美術ではない展覧会を手がけることもあります。最近では2021年の「佐藤可士和展」、2022年の「メトロポリタン美術館展」を担当しました。

準備期間は、展覧会のテーマや出品リスト、会場の展示構成などを考えていきます。美術に詳しくない初心者も、熱狂的な美術ファンも、研究者や専門家も満足できるような展覧会に仕立てたいと思っていますが、展覧会ごとにテーマも見どころもそれぞれ異なるので、毎回試行錯誤の繰り返しです。

「メトロポリタン美術館展」では、17世紀イタリアのカラヴァッジョの《音楽家たち》と、ロレーヌ公国(現在のフランス北東部)で活躍したジョルジュ・ド・ラ・トゥールの《女占い師》を並べて展示しました。この2点はどちらも各画家の特徴がよく表れていて、1点のみで展示しても見どころになる作品ですが、群像表現という同じ形式で描かれているので、2点並べて見比べることで、影響関係や、共通点、相違点などが浮かび上がってきます。展覧会のテーマや作品の持ち味を的確に伝える展示プランを考えることは、いつも緊張感を持って取り組んでいる仕事の一つです。

展覧会カタログの制作も研究員の重要な仕事。展覧会の準備を進めながらの執筆や編集作業には、知力だけでなく、かなりの体力が必要です(笑)。美術館の研究員は学術的で知的な業務だけに携わっていると思われがちですが、実は体力勝負。海外から作品を借りる展覧会は、飛行機の到着時間の関係で深夜に作品を搬入することも多く、夜中まで作業することもあるんですよ。

好きなことを追いかけて

研究員は「美術作品はどのように鑑賞するとよいのでしょうか」といった質問を受けることがあります。私は、「まずは難しく考えずに好きなように見てもらえたら」と思っています。最初から作品のテーマや意味を無理に読み解く必要はありません。ただ、少しでも自分の関心に引っかかるところ、気になるところがあったら、そこを糸口にしながらだんだん知識を得て鑑賞してもらえたらよいなと思います。

美術に限らず、そのジャンルに全く興味がないのであれば、そのままでもよいのではないでしょうか。何事も無理して関心を持つ必要はないと思います。全世界の人々全員が美術好きになったら、怖いですよね。それよりも自分の好きなことに夢中になったり、得意なことを掘り下げたりするなかで、興味を広げられるとよいような気がします。それがその人の個性になり、いずれは世の中や他の人のために役立っていくのではないかと考えています。

私はたまたま、好きなことが早く見つかりました。でも、学生の皆さんの中には自分の道探しに悩んでいる人も多いでしょう。今はコロナ禍で大学生活にも困難が多い時期だと思いますが、道が見つからないといって、焦らないでください。少し気になったことを追いかけてみる。そのくらいのゆるい感覚で、私も大好きな明治学院大学でのびのびと学んでいってください。

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