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観光と移動がもたらす“現象”から、めまぐるしく変容するネパールを読み解く

2022.09.21

新型コロナウィルスの感染拡大により、ここ数年の間、世界中で人々が移動を制限される状態が続いています。突然強制的に制限されたことで、社会経済に及ぼす多様な影響が浮き彫りになった「人の移動」。森本教授は、ネパールをフィールドに移動やそれを促す観光が地域社会や人々に及ぼすさまざまな変化を多元的にとらえ、グローバル時代に即した国境を超える新しい地域研究に取り組んでいます。

森本 泉 国際学部 国際学科 教授 お茶の水女子大学文教育学部地理学科卒業。お茶の水女子大学大学院人間文化研究科比較文化学専攻博士課程単位取得満期退学。博士(社会科学)。専門は人文地理学、ネパール地域研究、観光研究。明治学院大学一般教育部専任講師・国際学部専任講師・助教授・准教授を経て2013年4月より現職。近著に『現代観光地理学への誘い 観光地を読み解く視座と実践』(共編著、ナカニシヤ出版、2021年)など。

観光現象と移動現象を軸にネパールを理解する

コロナ禍において、私たちは「不要不急の外出・移動自粛」を要請され、観光はその代表のように扱われてきました。確かに観光は、基本的に用事もないのに移動する観光客の行為で成り立つ現象です。しかし、そうであるにも関わらず、観光は地域の経済、景観、文化、人々の意識や考え方、人生を大きく変えてきたし、その過程で観光のための空間が世界各地に創出され、人々の移動を促してきました。私は、このような「観光現象」「移動現象」を軸に、ネパールをフィールドとして多元的に地域や人々を理解する研究を行ってきました。

ガンダルバと観光客の出会いによる多様な変化

研究に協力していただいているネパールの方々の中に、手作りの楽器・サランギを携えて村々を歩き、弾き語りをすることを生業としてきたガンダルバという人々がいます。ガンダルバはかつて「不可触カースト」と見なされ、虐げられてきた人たちです。そのガンダルバの中に、出稼ぎに来た首都のカトマンドゥで外国人観光客と出会ったことをきっかけに、人生が大きく変わることになった人々がいます。

彼らは、ネパール語が分からない外国人観光客に向けて、歌を歌う代わりに装飾を施したサランギを作り、土産物として売るようになります。生業のための「道具」だった楽器・サランギが、付加価値を持つ「商品」に変わったわけです。また、それまでネパールでは、サランギを持つことは「元不可触カースト」であることを意味し、ほかのカーストの人は彼らの楽器に触れることを避けてきました。しかし、サランギが売れるようになると、サランギを商品として扱う人が現れるようになりました。

他方で、20世紀末から政治的に不安定な状態が続いていたネパールでは、、サランギが国を統一する文化的象徴の一つとして表象されることが増えてきました。こうした変化を背景に、ガンダルバ以外にもサランギを弾く人が現れるようになりました。自分たちの楽器がネパール文化を構成するものになったことで、ガンダルバの意識が変化し、かつて虐げられてきたことに対し自分たちの権利を主張し始める動きもみられるようになりました。このようにガンダルバの人生だけでなく、社会的文化的構造にも変化が生じています。

ガンダルバの人々だけに注目しても、観光をきっかけに、国の文化、社会、経済、政治などさまざまな領域で起きている変化が見えてきます。こうした多岐にわたる変化が観光現象を軸に明らかにされていくことが、この研究の面白いところです。

国境を越えて移動するネパールの人々

ネパールの人々はかねてからより良い選択肢を求めて国境を越えてきましたが、21世紀に入ってその動きが一気に加速しました。私が30年ほど前から追い続けているガンダルバの人たちも、今はアイルランドやオーストラリアなどで暮らしている人もいるし,中東などで働く人もいます。

近年は在日ネパール人も増え、日本で暮らす外国籍の中でネパール国籍が6番目に多くなっています。日本で暮らすネパール人は、「技能」の在留資格を持つ調理師と、留学生が多く、ほかの国に比べて女性の比率が高いという特徴があります。コロナ禍で日本で暮らす外国人の困窮が取り上げられるようになりましたが、在日ネパール人も例外ではありません。国境を越えて移動した人々が暮らしやすい社会とはどのような社会なのか、日本社会はそうした人をいかに受け入れているのか、または受け入れていないのかについて、今後さらに研究を進めていきたいと思っています。

また、こうした国境を越える人々の移動は、地域研究の在り方そのものを変えつつあります。かつて地域研究とは、多くの場合対象となる国や地域に足を運び、その場に身を置き理解を深める学問でした。しかし、グローバル化が進んだ今、地図上で表される国や地域の領域内だけを見ていては、その場所の本当の姿をとらえることが難しくなっています。例えば、ネパールの人々の暮らしは外国で働く親族からの送金によって支えられていることが少なくないため、国外からのお金の流れを抜きにして国内の社会や人々の姿を語ることはできません。そこで、2020年度から「移動・移民による地域像の再構築:ネパールを越えるネパール地域研究の試み」をテーマとする共同研究に取り組んでいます。コロナ禍の影響もあってここ数年は在日ネパール人の調査を中心に行ってきましたが、今後は世界各地のネパール人コミュニティを対象に研究を広げ、タイトル通り“ネパールを越えるネパール地域研究”を進める予定です。

学生時代に学んでほしい批判的に物事を見て考える姿勢

明治学院大学共通科目として人文地理学入門を、国際学科科目として地誌概説、南アジア地域研究やゼミを担当しています。授業では、人文地理学の基礎的な考え方やローカルかつグローバルな視点で社会課題をとらえる力を養ってもらうとともに、本や資料を読み、自分の頭で考えて理解し、判断する力を付けてほしいと考えています。さらに、そうした力を前提として、常に「なぜ」と問う批判的な姿勢を持つこと、複眼的に思考することの重要性を伝えています。

地域を研究する営みは、他者を認識するだけでなく、自己を認識することでもあります。例えば、ネパールの民族料理に刻んだ水牛の生肉を香辛料で和えた料理があり、学生に水牛を刀で屠るところから話をすると「野蛮」「怖い」という反応が返ってきます。では、日本の活け造りは、どうでしょうか。同じように「野蛮」「怖い」と思われているかもしれません。多様な人が共に暮らす社会で求められるのは、自分の常識を疑い、自分の考えにも批判的になることができる姿勢です。人文地理学や地域研究の学びを通して、学生一人一人が複眼的、多元的なものの見方や考え方を身につけ、自己を相対化する力を身につけてほしいと願っています。

めまぐるしく変容する世界を理解するために

人々がグローバルに移動している現代の世界では、国籍や生まれた場所だけでその人のルーツをとらえることが難しくなっています。先日研究会で、ネパールからイギリスに留学して、イギリスの大学で教員になり、短期滞在のために来日されたネパール人の先生にお会いしました。ほかにも、アメリカ合衆国の大学に所属している日本人や、アメリカ合衆国で学び日本の大学に所属しているネパール人もいて、現代の移動現象の複雑な様相を実感しました。

そうした複雑な状況を理解することなしに、今さまざまな場所で掲げられている「多文化共生社会」をめざせないと考えています。国籍や出身地と今どこで暮らしているかが一致しない人は珍しくありません。日本国内でも、日本で生まれ育っていても国籍が日本ではない子どもが増えています。その子たちが成長する過程で壁にぶつかったり差別を受けたりする状況に、同じ社会に暮らす一員として目を向けていかなければならないと思います。

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明治学院大学は、研究成果の社会還元と優秀な研究者の輩出により、社会に貢献していきます。


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