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東京に、ばりおもろい大学あんねんけどちょっと寄っていかへん?

「明学は第一志望ではなく、たまたま日程が空いていたから受験しました」。
そう話すのは大阪府出身、法学部政治学科4年の中村謙介さん。明学が第一志望ではなかったものの、日本の首都、東京に位置する明治学院大学に進学し、4年間で感じたもの、培ったものとは。中村さんのキャンパスライフをご紹介します。

中村 謙介 法学部 政治学科 4年 高校生まで関西で過ごした中村さん。絶対に関東の大学に行きたいという気持ちで、明治学院大学に進学することとなる。大学入学後、白金祭実行委員会、オープンキャンパスの学生スタッフ、系列校の高校生に大学を紹介するバラ・プログラムなど、イベントの裏方として企画や運営、広報活動に携わる。テレビ番組の制作が夢で、テレビ局でのアルバイト経験を持つ。好きなことはテレビを見ること。特にバラエティが好きで、おすすめの番組は「さんまのお笑い向上委員会」。

気付いたらテレビを見ていた幼少期

―とにかくテレビが好きで、学校から帰るとテレビを見ていました。

もともと映画やバラエティ、音楽、雑誌など、エンタメが好きで、そのなかでもテレビでバラエティを見ることが好きでした。テレビを好きだと思ったきっかけは、特にありません。幼い頃から、気付いたらテレビが目の前にあり、テレビを見て生活をしていました。まっすぐ学校から帰り、テレビを見る。そういう習慣がついていたんだと思います。

テレビに関わる仕事をしたいと思ったのは中学1年生の頃。当時あるタレントの冠番組がスタートし(2020年12月放送終了)、そのタレントが好きだった自分は食い入るように番組を見ていました。「面白いな、この番組」 という感じで。将来はぼんやりとエンタメ業界で働きたいと思っていたのですが、テレビで活躍するそのタレントの姿を見て、「テレビってやっぱり面白いな、こんなにおもしろいものを電源つけただけで見られるなんて」と感銘を受けたのを覚えています。テレビが一番、作ったものを消費する側に届けやすい。そう確信し、エンタメ業界の中でも、テレビ業界で働くことが将来の夢となりました。

高校に進学してからもその夢は揺らぐことなく、大学選びの軸となりました。

浪人という経験

-関東の大学で学びたいという強い気持ちで、ひたすら勉強の毎日。

高校3年生の受験の時から、絶対関東の大学に行くと決めていました。関西の大学に進学するとなると、高校時代から生活環境も、通学ルートも大して変わらないので。それはなんとなくおもしろくないなと思って。

大学の4年間は「人生の夏休み」という言葉があるじゃないですか。その「人生の夏休み」を日本の首都である東京で、富と知識が集まった東京で過ごし、いろいろなものを浴びて、学びたいと、漠然と思っていました。

テレビ関係の仕事に就きたいと思っていたので、それに関連する学部がある大学を探し、受験しました。そして浪人することになり、第一志望を都内のある私立大学にしました。高校時代からとにかく数学が苦手で、私立文系クラスにいたので、浪人時代も私立1本にしぼり、ひたすら勉強をしました。そのかいあって、国語、英語、地歴の3教科の偏差値を、現役時代から10以上あげることができました。そこで余裕ができたのですが、最後のつめが甘かったのか、第一志望には合格できず。

たまたま受験日程の空いた日に組み込んだ、明治学院大学に合格できて進学することになりました。明治学院大学自体、調べるまで知らなかったです。明学の過去問は前日に見たくらいでした。「明治学院」の響きがかっこよかったことと、「白金にキャンパスがあるんや。すごい」くらいの気持ちで受けたので、正直、まさか進学することになるとは、という感じでした。

夢と大学の接点

―「テレビ番組の制作をしたい」と「白金祭を盛り上げたい」の共通点。

明学への進学が決まり、第一志望が叶わず多少落ちこんだものの、東京に行けるということへの期待が高まっていました。気持ちの切り替えは早かったと思います。

大学に入学したら、学園祭の実行委員会に入ると決めていました。というのも、高校時代、大学の学園祭に1人でふらっと遊びに行き、すごく楽しかったということと、裏方としてイベントを取り仕切ってみたいと思ったからです。

入学してすぐに白金祭実行委員会に入りました。1年生の時に、白金祭のアーティストライブの担当になり、自分が発案したライブ名が採用されるという経験をしました。ライブ名は「明学でばりおもろいライブやんねんけど、ちょっと寄っていかへん? 」。アーティストの「ヤバイTシャツ屋さん」のメンバーが関西出身と知り、その情報をいれつつ、インパクトのあるタイトルにしようと発案したものだったので、採用されてとても嬉しかったのを覚えています。当日、「ヤバイTシャツ屋さん」のメンバーの方に「このライブ名考えたん誰? ちょっと上がってきて! 」とライブ名に触れてもらえ、舞台上がらせてもらいました。そこから見た、お客さんの楽しそうな顔と、帰り際に「楽しかったね」と会話する学生達の声が今でも忘れられません。

たぶん自分はその時に、自分が関わったものや作り上げたもの、それがお客さんに届いた瞬間を見るのが本当に好きで、そのために裏方をやるんだと気付いたんだと思います。

それからは、白金祭実行委員会として、たくさんのお客さんに楽しんでもらうために必死でした。ホームページを改修し、そこから得られる情報を充実させたり、パンフレットに載せる卒業生インタビューのために、北海道まで卒業生に会いに行ったり。自分のフットワークの軽さや、行動力に、少し驚いたくらいです。 白金祭の運営をすることで、なぜ自分がテレビ番組の制作がしたいのか、再認識できたような気がします。

人生を楽しむライフハック

4年間の学生生活の中で、特に白金祭実行委員会において、とても濃い時間を過ごすことができました。卒業を目前に控え、今は自信を持って明学が好きと言えます。4月からテレビ業界への就職が決まっていますが、テレビ番組制作への思いを何度でも思い出させてくれた環境があり、機会がありました。行動力やフットワークの軽さという、自分の良さを教えてくれる場所でもありました。

そういう意味で、明学は自分にとって「おもろい」場所です。 ですが、大学という環境の中で何か活動をしなければいけないということはないと思っていて、アルバイトだったり、インターンだったり、自分の好きなものや、興味があることに接点を持ち続けられれば、もし受験がうまくいかなかったとしても、大学受験が全てではないし、学歴が全てではないと思えるのではないかと思います。

それは全く大それたことではなくて、これが好き、これをやってみたい、そんな気持ちに正直になり、そこに接点を作っていく。少しの時間で良いから関わりを持つ。それが大学生活だけでなく、人生を楽しむ術、つまりライフハックだと思っています。

そして自分は、そのライフハックを提供できる番組を作りたいな、なんて思っていて。 自分が作った番組を通して視聴者の生活を豊かにしたい。人生を豊かにするきっかけを、電源をつけただけで見られる、テレビを通して届けたい。そんな思いをこれからも持ち続けると思います。