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摂食障害や産後うつ病を地域で発見・援助するために

2023.06.30

「ストレス社会」ともいわれる現代社会。うつ病など精神疾患の増加は、近年大きな社会問題になっています。精神疾患の中でも、摂食障害や産後のメンタルヘルスに着目し、精神医学の領域から研究しているのが、西園教授です。学校や地域で問題を抱えた人を発見、援助する手法の研究などを通して、早期発見・早期治療、さらに精神疾患に対する社会的理解の広がりを目指しています。

西園マーハ 文 心理学部 心理学科 教授

九州大学医学部卒業。慶應義塾大学大学院医学研究科内科学(精神医学)博士課程修了。医学博士。慶應義塾大学病院に精神科医として勤務した後、東京都精神医学総合研究所児童思春期プロジェクト副参事研究員、白梅学園大学子ども学部教授を経て、2019年4月より現職。専門は臨床精神医学、社会精神医学。

社会的関心が高まる女性のメンタルヘルス

私は精神科医(医学の専門家)として、摂食障害と産後メンタルヘルスを中心に、患者の発見・援助手法、治療プログラムの開発などの研究に長年取り組んできました。特に、病院やクリニックの「周辺」に目を向け、学校現場で摂食障害をいかに発見するか、産後のうつ病を地域でいかに見つけるか、関連する職種にこれらの疾患についての知識をどう伝え、どういうチームを作って対処するかなどについて、実践や研究を続けています。

摂食障害は、さまざまな心理的要因があって、食行動や精神面に生じる問題の総称です。代表的な病気として、神経性やせ症、神経性過食症などがあり、必要な量を食べられなかったり、逆に食べ過ぎたり、食べた物を意図的に吐いてしまったり、さまざまな症状が表れます。10~20代の若い女性に多い病気として知られていますが、近年は患者の年齢層が広がっていることも問題になっています。男性にも見られます。

摂食障害と同様に、主に女性に起こる精神的な問題として、近年クローズアップされているのが、産後のメンタルヘルスの問題です。母親の精神的不調が原因とみられる児童虐待は後を絶たず、どうすれば痛ましい事件を防ぐことができるのか、社会的にも関心が高まっています。

摂食障害とメディアやSNSの影響

摂食障害は、過剰なやせ願望やダイエットと関連付けて話題になることが多く、「最近の病気」というイメージを持っている方もいらっしゃるかもしれません。実は、摂食障害の歴史は古く、江戸時代の文献にも神経性やせ症とみられる事例が残されています。摂食障害は、食欲の調整がうまくいかない体質など、身体的要因もあって発症する病気ですから、時代や社会の在り方に関わらず、昔から一定の割合で患者がいたと考えられます。

一方で、やせていることを良しとするメディアの影響や、女性の立場など、現代の社会的要因が発症に少なからず影響を及ぼしている病気であることも確かです。最近では、患者自身が自分が吐いている姿を撮影してSNSにアップし、それを見て真似してしまう人がいるなど、SNSの影響の大きさも指摘されています。

また、早期発見・早期治療が大切な病気なのですが、「過食するのは自分の意思が弱いからだ。病院に行くような問題じゃない」と考える方も多く、悪化するまで受診に至らないケースが珍しくありません。精神の問題を抱えている自分を恥じたり、否定したりしてしまう「セルフスティグマ」も、受診や治療をためらう要因になっています。

啓発メッセージが“逆効果”になることも

摂食障害への注意を呼び掛ける啓発活動はもちろん大事なのですが、この病気は、啓発の内容や伝え方を間違えると、全く逆の効果を生んでしまう危険をはらんでいます。たとえば、摂食障害の症状の例として「こういう風に吐く人がいるがそれは危険です」と具体的に伝えてしてしまうと、やせようとしてその行動を真似する人が現れ、かえって発症を促してしまう可能性があります。また、ダイエットの危険性をあまり強調しすぎると、特に中高生の場合、先生や保護者に叱られることを恐れて、症状がすでにあっても言い出せなくなることもあるのです。

そのため、摂食障害を予防するには、「こんなひどいことが起きますよ」という怖さを強調するメッセージよりも、「自己流のダイエットで困っていることはありませんか?」といった、相談を促すような働きかけが求められます。言葉の選び方がとても難しく、ストレートに訴えることができないもどかしさも感じるのですが、どのような働きかけが有効なのか、研究を通して明らかにし、その手法を広く社会に伝えていきたいと考えています。

乳児健診を利用して母親のうつ病をキャッチ

産後のメンタルヘルスの問題に対しては、2000年ごろから、地域の保健センターで乳児健診を利用したスクリーニングを続けています。この取り組みでは、健診に来た母親に産後うつに関する質問シートに記入してもらい、点数の高い方やリスクがある方と面談を行って、必要に応じて精神科での治療につなげています。

実際に産後うつの状態にある方と面談をしていると、児童虐待に至る一歩手前のような方も、しばしばいらっしゃいます。そうした方の中には、よくお話を聞くと、実は妊娠前から精神疾患や心理的問題を抱えていたという方も多くいます。たとえば、過去にうつ状態になったことがあっても、「職場を辞めたらよくなりました」「恋人と別れたら治りました」とおっしゃる方がいるのですが、仕事や恋人とは違い、育児は辞めたり離れたりすることができません。面談では、今まで誰にも相談せず、治療も受けずに来てしまった方に対して、専門家に相談すれば解決できる問題があることを分かっていただけるようお話ししています。

メンタルヘルスの問題を抱えている方に対して、専門的支援を提供しなければならないのは確かなのですが、かといって、「みんな精神科へ行きましょう!」というスローガンを掲げるのは、必ずしも適切でないように思います。先日、産後メンタルの面談でお会いしたある外国人の方に「先生、日本では“信頼できる大人”はどこにいるんですか?いないじゃないですか」と言われ、私は答えに窮してしまいました。多くの人がメンタルの問題を抱えている今、地域に“信頼できる大人”が増え、さまざまな人が連携してメンタルヘルスに取り組むことが求められています。私も、心理職、学校の養護教諭、保健師、助産師、管理栄養士など、関連する職種を対象にした精神医学の講座を積極的に行い、幅広い職種が関わりあって問題に取り組む環境をつくっていきたいと考えています。

文系学生が医学の基礎を学ぶ意義とは

教員としては、学部の「精神医学」「人体の構造と機能および疾病」の授業やゼミを担当しています。

ゼミでの研究テーマは、精神医学に限定せず、学生の意思を尊重しています。ゼミ生の中には、自分や家族の病気をきっかけに「精神疾患をテーマに研究したい」「うつ病のカウンセラーになりたい」と話す学生もいますね。もちろんその思いは素晴らしいのですが、病気を身近で経験してきた学生は、自分が経験したことがその病気の「全て」だと思ってしまうことがあります。でも、もし将来心理の専門職としてさまざまな人を支援したいと思うのならば、いったん自分の経験を俯瞰し、疾患を客観的に捉え直すことが必要です。大学の授業やゼミでしっかり学ぶことは、自分の経験の個別性や特殊性を知る上で、大いに役立つものだと思っています。

「人体の構造と機能および疾病」は医学の概論を学ぶ授業ですが、理科系の科目には多くの学生が苦手意識を持っているようです。そのため講義では、明学の創立者であり医師のヘボン先生に登場していただいたり、日清・日露戦争での脚気論争など歴史的なトピックを紹介し、文系の学生も学びやすくなるよう工夫しています。

できれば、心理学部以外の学生にも、社会に出るための「教養」として、医学の基礎を学んでほしいですね。

現在、医療の現場ではインフォームドコンセントが基本となっています。インフォームドコンセントとは、治療について、患者本人が必要な情報の説明を受け、理解した上で、治療法を選択、同意、拒否をすることをいうのですが、医療者側に丁寧な説明が求められるだけでなく、 患者の側にも、説明を理解して治療を選ぶ力が必要になります。学生のうちに医学の基礎を学ぶことで、将来自分が患者になった時、医師に多少難しい説明をされても「すべては理解できないが、この治療がいい」と判断したり、非科学的な治療法に対して「これは理にかなっていない」と遠ざけたりできる力を身に付けてほしいと思っています。

社会に「信頼できる大人」を増やすことが大切

長い間、社会には精神疾患に対する大きく根強いスティグマ(偏見)がありました。以前よりだいぶ改善されたとはいえ、今でもそれが残っていることは、残念でなりません。特に摂食障害は、医療者の中にも「特殊な病気」というイメージを持つ方が少なからずいらっしゃいますが、私たち専門家が地道に研究していくことで、摂食障害がどの病院でもスタンダードな治療が受けられる病気、ある意味「普通」の病気になるよう努力したいと思います。

産後メンタルヘルスの問題も摂食障害も、医師や専門家の力だけでは解決できず、さらなる社会的な議論の広がりが不可欠です。明学での研究・教育を通して、社会や地域の力でメンタルヘルスの問題を抱える方を支えていけるよう、今後も研究を続けていきたいと考えています。また、学生にとって、明学の心理学部で学ぶ4年間が“信頼できる大人”になる最初の一歩になることを願っています。

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